HRN通信 ~「今」知りたい、私たちの人権問題~

日本発の国際人権NGOヒューマンライツ・ナウが、人権に関する学べるコラムやイベントレポートを更新します!

【イベント報告】7/21 開催「ビジネスにおけるヘイトスピーチと企業の責任」

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ヒューマンライツ・ナウ(HRN)は7月21日(水) 17時より、ビジネスと人権ダイアローグ第1弾「ビジネスにおけるヘイトスピーチと企業の責任」を開催致しました。

 

当イベントでは、特定非営利活動法人レイシズム情報センター代表の梁英聖氏、反差別国際運動特別研究員の宮下萌氏とBuzzFeed Japan 記者の籏智広太氏をゲストスピーカーとしてお迎えし、ビジネスと人権の観点から、ヘイトスピーチの影響力や企業の責任、法規制の重要性などを問いました。

 

開会の挨拶・ビジネスと人権ビデオの公開

まず、HRNの佐藤暁子事務局次長が開会の挨拶を致しました。

 

次に、ビジネスと人権とは何かについての解説動画を放映しました。

ご興味のある方は、ぜひご覧ください。


www.youtube.com

 

ヘイトに『メディア』はどう向き合ってきたのか

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続いて、ゲストスピーカーの籏智広太氏に「ヘイトに『メディア』はどう向き合ってきたのか」をお話いただきました。籏智氏によると、DHCのヘイトスピーチ問題についてメディアによって対応が異なっていたとのことです。民放などにとっては、スポンサーとしての関係性をある発言のみで全面的に変えることは難しいという点があるということでした。さらに、籏智氏はメディアの機能の1つのアジェンダセッティングの重要性について言及され、ジャーナリズム・メディア企業としての社会責任を問いました。最後に、籏智氏はネットの書き込みが中心のまとめサイトがヘイト記事を拡散したり、SNS上のヘイトスピーチなコメントが投稿されることへの対策の必要性を訴えました。

ここがヘンだよ日本企業:グローバルスタンダードな反レイシズムからみた問題点

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続いて、ゲストスピーカーの梁英聖氏に「ここがヘンだよ日本企業:グローバルスタンダードな反レイシズムからみた問題点」というテーマでお話いただきました。梁氏は、日本企業や東京五輪での差別の例を紹介し、その後の対応について「日本型謝罪」だと解説しました。差別だと判断せず、責任回避、再発防止ゼロの対応は問題で、差別禁止ルールを作り、そのルール乗っ取った行動をするべきだと述べました。そして、差別への対応の「効果モデル」は意識ではなく、行動を問題視し、社会が差別の定義を理解し、実際の行動を変えさせることが重要だと説明されました。最後に、海外企業が差別に対してどのような対応をしているかについて例をあげ、日本においても経営リスクとして考えるべきだと述べました。

ヘイトスピーチ解消法の現状と課題ー国際人権基準に則った法制度をー

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続いて、ゲストスピーカーの宮下萌氏に「ヘイトスピーチ解消法の現状と課題ー国際人権基準に則った法制度をー」を解説いただきました。初めに宮下氏は、日本では人種差別を禁止する法律がないが、人種差別撤廃条約に加入した上での、勧告を含めた国際人権基準の実現に向けて努力する義務があることを説明しました。宮下氏によると、日本は人種差別撤廃委員会から、 基本計画の整備、実態調査、実効性ある第三者機関の設置、インターネット上のヘイトスピーチへの対応などの勧告を受けています。それらを含んだ包括的な人権差別を撤廃する法律の必要性を訴えました。宮下氏はビジネスと人権の観点からは、企業の人権尊厳責任を果たすための「人権デューディリジェンス」の実施の必要性を説明し、具体的には取引の停止やインターネット上のヘイトスピーチに関しては広告不記載などを企業が出来ることとして挙げました。最後に宮下氏は「ひとりひとりの声が『差別禁止法制定』につながる」と述べました。

投資家からの視点

続いて、投資家の松原稔氏からコメントを頂きました。松原氏によると、金融が人権に対する感度が弱いと、企業が取り組みを強くしていく上での阻害要因になるため、ヨーロッパでは企業との対話を通じてこの枠ぐみの改善を求めているそうです。松原氏は、日本では人権感度はまだまだこれから上がっていくところなので、方針を策定する事ではなく、その先の人権デューディリジェンスやグリーバンスメカニズムなどが重要だと説明しました。松原氏は対話、議決権行使、投資判断の枠組みの3つを活用し、構成性を果たしていく意向を述べました。金融としては、国際規範を意識しながらグローバル投資家と連携して取り組んで行きたいということでした。

パネルディスカッション・Q&A

イベント後半には籏智広太氏、梁英聖氏、宮下萌氏、松原稔氏とHRNビジネスと人権プロジェクトスタッフの小園杏珠氏でパネルディスカッション・Q&Aを行いました。

 

市民社会ができる行動は何かという質問に、梁氏は第三者介入によるヘイトウォッチだと述べました。具体的には直接差別を止める、責任者に任せる、記録することだと説明しました。

 

国際人権基準では意図がなくても、効果があれば差別だ認識されるのに対し、日本では意識にギャップがある理由に関して、梁氏はどこの国でも差別はあるが、それに対する反差別運動が日本では足りないからだと強調しました。なので梁氏は、これからは「日本型謝罪」に対して、何が差別なのかの判断をはっきりさせる重要性を訴えました。

 

ヘイトスピーチの問題があった企業に繋がりのある企業やメディアはどう対応すればいいのかについて、籏智氏は企業は毅然と対応するべきだと説明しました。そして、市民側としては毅然と対応したことを評価することによって、意識を変えられると述べました。メディアに関しては、取引先との関係を再度考え、ノーコメントでは不十分だと強調しました。さらに宮下氏は企業が差別に加担しないことは基本的な責務であり、そのため、ビジネスと人権に関する指導原則を参照し、態度をきっちり示すことの必要性を訴えました。

 

国際機関からの勧告に拘束力はないが、勧告を受けて日本政府が対応を変える可能性やなぜ勧告を受けても改善されないのかという質問について、宮下氏は勧告は確かに軽視されている印象があるが影響はあると述べました。例えば2014年の勧告後にはヘイトスピーチが社会問題化され、国立市の条例の制定などへの効果はあったと説明しました。そして、市民社会から国際人権基準に合わせるよう声を上げ続けることの重要性を訴えました。

 

メディアが企業に対してどのような影響力や責任を持っているのかに対して、籏智氏は商業メディアの主な収入源が他の企業からの広告であることによって、ビジネス側と編集側のロジックがぶつかることが前からの課題であると述べました。しかし、インターネットの時代により可視化されやすくなったことによって、ビジネス側と編集側のあり方を見直す時代が来ていると説明しました。

 

閉会の挨拶

閉会の挨拶で佐藤暁子事務局次長は日本で日本の行動計画(NAP)が発表されたことによって、特定の課題に落とし込んでいくかが現在直面している課題であると述べました。これからも声を上げ続けて、問題提起していくことによって、NAPを始めとする政策の実効性を担保していくことの重要性を説明しました。引き続き、このようにビジネスと人権について、様々な切り口から多様なアクターの皆様と会話を深めていきたいと締め括りました。

おわりに

 

このイベントはビジネスと人権ダイアローグの第1弾となりました。

ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。

 

私たちヒューマンライツ・ナウは、引き続きビジネスと人権に関するダイアローグの開催、調査報告や政策提言を続けてまいります。

次回のダイアローグもご興味がありましたら、ぜひご参加ください。
そして、ぜひこれからもご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

(文・杉山萌華)

【インタビュー企画】ミャンマーの若者の声

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今年の2月1日にミャンマーで国軍によるクーデターが起きてもうすぐ、7カ月が経ちます。

 

国際人権NGOヒューマンライツ・ナウは、クーデターに関して声明の発表や日本政府への要請書の提出、ウェビナーの開催など多岐にわたり活動してきました。

 

↓詳しくはこちらにまとめています!

hrn.or.jp

 

また、Instagramでもクーデターについて投稿しました。

 

今回は、ミャンマーに住む若者に現在の心境やどのようなCDM(Civil disobedience movement、市民的不服従運動)を行っているのかインタビューしました。

 

こちらの記事では、Instagramの投稿には書ききれなかったことも紹介しています!

ぜひ最後までご覧ください!

 

※インタビューは6月後半から7月前半にかけて実施しました。

 

◆大学生のAさん

 

Q. Aさんが在住の地域で国軍はどのような行動を行っていますか?

A. 私は、現在内戦の起こっているカヤ州デモソに近いカヤー州ロイコーに住んでいます。 

内戦は5月20日から始まり、国軍は、ヤンゴン(最大都市)やマンダレー(首都に隣接している)などの地域よりも圧力をかけてきています。

 

私たちの州の人々が、罪のない人々への襲撃を止めようとしたり、

平和的に抗議したりして国軍の征服を止めようとしているからです。

 

現在国軍はミサイルなどの兵器の使用や、空爆を行っています。

私たちは抵抗を続けていますが、国軍はそのような抗議活動を弾圧しようとしています。

 

Q. Aさんは国内避難民支援のボランティアをしているそうですね?

A. 現在カヤー州には約10万人の国内避難民が住んでいます。彼らは、十分な食料や水などの物資を持っていません。私たちの県は、まだ物資に余裕があるので彼らが必要としている物を提供しています。

 また難民の方々の必要なものを届けるために、Facebookでページを作って寄付を呼び掛けています。ですが、国内避難民に物資を提供したため国軍に撃たれた人や逮捕された人もたくさんいます。

 

Q. ほかにも国軍の定めた新しいルールはありますか?

A. 一度彼らの口から出た言葉はルールになる可能性があるので、国軍によってつくられた何百万もの新しいルールがあります。

 例えば、公共の場で黒いシャツを着ることは禁止されています。黒いシャツは悲しみを表すと軍は考えているからです。そのため、抗議活動の際に黒いシャツを着るようなキャンペーンもありました。
 

Q. Aさんは学校をみんなで休むといったCDMを行なっていましたが、他にはありますか?

A. 私たちは、軍が私たちに権力を及ぼすようなことは望んでいないし、もし軍が何かをやれと言っても、従いません。誰でもCDM(Civil disobedience movement、市民的不服従運動)をすることができます。たくさんいる政府役人がオフィスや仕事に行かなければ、国軍は何も実行できません。あとは、請求書や水の電気の公共料金を払わないなどのCDMを行っています。

 

Q. ニュースで、ミャンマー経済が悪化しているということを聞きました。CDMの目的の一つでもあるのかなと思いますが暮らしていて、感じたことや現状などを教えてください。

A. ミャンマーの人々はみんな、軍の支配下には屈したくないのでCDM運動をすることを決断しました。そして、その目的のひとつはミャンマー法治国家にすることです。そのため、もしこの運動が失敗したら、国民は最悪の事態を経験することになるのです。

現在多くの人が銀行からお金をおろしていて、中にはアメリカドルに交換している人もいます。ミャンマーの通貨の価値はどんどん下がるでしょう。
しかし、銀行からお金が引き出せずに現金をまったくもっていない人も多くいるのが現状です。それと同時に、物価はどんどん上昇しています。
また、銀行にお金を入れておくと国軍が武器の調達などに使ってしまうと考えているため銀行は信用されていません。 
 

Q. 地元でニュースが見られなくなったため、新聞を印刷して配布していたそうですが、そのことについて詳しく教えてください。

A. まずこの新聞は、ニュースを伝えるための連絡手段でありデモでの死亡者数や負傷者数などの衝撃的な事柄を発信していました。
誰が制作しているのか詳細はわかりませんが、作ったのは恐らくヤンゴンマンダレーの学生たちで、彼らはFacebookにその新聞を投稿しました。
 私たちはその新聞を印刷して、情報を得られない人たちに渡しました。このような行為は、国軍から犯罪とみなされるため非常に危険です。
 

Q. 若者世代が活発に抵抗していると聞きましたが、若者たちの現状や活動について教えてください。

A. 私たちそして若者たちは、平和的に抗議をしましたが、それでは民主主義を取り戻すことはできませんでした。
武器を持ち軍に対抗することを決めた若者もおり、People's Defense Forceのような無実の市民を守る団体が作られています。
このような団体があるからか、軍はCDM(Civil disobedience movement、市民的不服従運動)を行う人々や著名人などの罪のない人々を逮捕したり攻撃したりはしていません。
 

Q. 日本政府や日本の一般市民に求めることは何ですか?

A. 日本政府が選挙で選ばれた政府が設立したNUG(国民統合政府)に正当性を与えてくれれば、我々の問題を改善することができると思います。また関連団体への寄付は非常に助かります。
 

まとめ

今回インタビューをうけてくれたAさんのように、ミャンマーでは多くの若者が危険と隣り合わせにありながら、民主主義回復のために戦っています。
現在は、新型コロナウィルスなどの感染拡大によりますます状況は悪化していると予想されます。しかし、それでも戦い続けている人々が大勢います。今回インタビューをしたAさんもその一人です。
 
日本をはじめ、ミャンマー国外からでもできる支援を一緒に考えていきましょう。
 
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【イベント報告】7/12開催ウェビナー「人権デューディリジェンス・欧州の動向を考える」

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ヒューマンライツ・ナウ(HRN)はビジネスと人権市民社会プラットフォーム、ビジネスと人権リソースセンターと共催で、2021年7月12日、オンラインウェビナー「
人権デューディリジェンス・欧州の動向を考えるを開催しました。

各国では、企業が人権尊重への責任を果たすために、人権デューディリジェンスの法制化が進んでいます。中でも、その動きは欧州で特に顕著です。現在は、EUレベルでの環境・人権デューディリジェンス法制について議論されており、先日は、ドイツでも法律が可決されました。

本ウェビナーでは、昨年10月に公表された日本の行動計画の概要、そして現在の日本企業の取り組みや、フランスとドイツの法制度と実務を学びつつ、日本においてビジネスと人権の取り組みをいかに進めていくか、企業、投資家、そして市民社会のマルチステークホルダーで議論が繰り広げられました。

 

開催に寄せて

経済産業省通商政策局通商戦略室長、ビジネスと人権政策調整室長を務める、門 寛子氏より開催の挨拶をいただきました。

国際社会の人権への高まりや、ビジネスと人権に関する法制化の流れから、経済産業省でもビジネスと人権に関する様々な取り組みを行っていると門氏は述べました。具体的には、企業へ特設ページを通してビジネスと人権に関する情報提供を行ったり、人権デューディリジェンスの具体的な実施方法や産業が関わる人権リスクについて産業の有識者との議論をまとめた報告書の発表を行ったりするといった、企業に対してビジネスと人権に関する行動計画を促す活動の紹介がありました。

今後も政府が「企業やNGOなどとの連携ができれば」と、ビジネスと人権の活動に積極的な姿勢を見せ挨拶を締めくくりました。

「NAP(行動計画)の概要と計画達成に向けた取り組みについて」

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BHR市民プラットフォーム代表幹事、JANIC事務局長を務める、若林 秀樹氏より行動計画の概要と計画達成のために必要とされる取り組みについてお話しいただきました。

ビジネスと人権に関する行動計画とは

2011年に国連人権理事会で全会一致で承認され、今年10周年を迎えた「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、指導原則)。この指導原則で求められていることを国別に具体的に示したのが、「ビジネスと人権に関する行動計画」(以下、行動計画)であり、現在では世界25か国で策定されています。若林氏による提言などを経て、行動計画が2020年10月に日本で策定されました。

計画達成のためにできること

若林氏は、行動計画の課題や政府への要請事項を挙げました。

まず、企業ができることとして、企業が影響を与えているサプライチェーン上の人々の実態がどうなっているのか、人権への負の影響特定とギャップ分析を行うことを求めました。しかし、政府から独立した国内人権機関が日本にはないのでできていないという現状もあるために、国内人権機関の設立も必要と主張しました。

また、政府に対しては、政府のリーダーシップで全ての省庁をとりまとめて、政府内でビジネスと人権の浸透や理解に取り組むことを求めました。そして、一部の大企業だけでなく中小企業にもビジネスと人権について周知、啓発を行い、フォローアップを行うことが必要と述べました。

行動計画が策定されたからビジネスと人権に関する取り組みが十分というわけではなく、むしろビジネスと人権への取り組みのスタートであり、計画をどう実施していくのかを考える必要であるという力強いメッセージをいただきました。

日本での人権デューディリジェンス法の法令化のメリット

「人権デューディリジェンス」(以下、人権DD)とは、積極的な事前予防と対処を含む継続的なプロセスであり、指導原則でも求められているものです。人権DDの法制化には、市民社会、政府、企業、投資家など全てのステークホルダーにとってメリットであると若林氏は言います。例えば、企業にとってのメリットとしては、人権への取り組みを行うことでインセンティブが与えられるようになったり、人権への取り組みが各企業で行われることで、レベル・プレイング・フィールド(競争条件を同じにする)が保たれ、より公平に企業活動を行うことができたりします。また、投資家にとっても、透明性が提供されることで長期的な投資が行いやすいことを挙げました。逆に、海外での法制化が進む中で、日本にないことがハンディキャップになりかねないと若林氏は主張しました。

「日本企業における『ビジネスと人権』への取り組みの進展と課題」

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損保ジャパン サステナビリティ推進部 シニア アドバイザー、明治大学経営学部特任教授である、関 正雄氏からは、企業の目線からビジネスと人権に関する取り組みについてお話しいただきました。

経団連の取り組み

経団連では、ビジネスと人権の国際規範をもとに、「人権を尊重する経営」が「企業行動憲章」(経団連の会員企業に対して経団連が遵守を求める行動原則)の改訂で取り入れられるなど、持続可能な社会の実現のための様々な取り組みが行われています。中でも、バリューチェーン全ての人の人権を尊重した経営を行うことや、経営トップの実行の手びきとして、社内、グループ会社に人権尊重を働きかけることを各企業に求めています。

企業の人権への取り組み状況

経団連が企業へ行った、人権への取り組みアンケートの調査結果により、企業が行う取り組みや直面する問題について伺うことができました。

まず、人権方針の策定状況については、すでに策定しているといった回答は4分の3ほどであることが明らかになりました。しかし、具体的な人権尊重のための仕組みの導入状況について見てみると、負の影響の評価、評価結果の活用、追跡・評価、公表・報告に伸び悩みがあることが見受けられました。

そして、指導原則に関する取り組み状況では、取り組みを進めている企業と、理解しているがまだ落とし込めていない企業が3分の1ずつ占めていることが明らかになりました。こういった、指導原則で求められている人権DDの取り組みには、企業同士の連携が大切であると関氏は主張しました。例えば、プラットフォームの設立や自社で行わずに外部のコンサル・専門家からの評価を利用することを挙げました。

一方で、人権問題は、一社、または企業だけでは解決できない複雑な問題であることや、サプライチェーン構造が複雑・膨大であり、人権リスクの範囲の特定が難しいことがあるといった、人権への取り組みを企業が行う中での課題も見受けられました。そこで、政府や公的機関に対し、自主的な取り組みのためのガイドラインの設立することやポータルサイトを通した海外での人権リスクに関する情報提供を求めていることが明らかになりました。

また、社内で人権問題の重要性が理解されないことや、サプライチェーン上の取引先企業に人権DDを促しにくいといった現状があることから、人権DDが法制化されたほうが、手っ取り早く人権リスクに対応できるといった声が企業からもあると関氏は言います。

パネルディスカッション

パネルディスカッションでは、HRN事務局次長、ビジネスと人権リソースセンター日本リサーチャー・代表の佐藤 暁子氏がモデレーターを務め、様々なステークホルダーの視点から、人権DDの法制化のためにできることについて議論を深めました。

ドイツの人権DD法制化の例:Robert Grabosch氏

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ドイツの法律事務所Schweizer Legalの弁護士である、Robert Grabosch氏より、ドイツで2021年6月に制定された「サプライチェーンデューディリジェンス法」についての解説をしていただきました。

ドイツの「サプライチェーンデューディリジェンス法」とは

今年ドイツで制定された「サプライチェーンデューディリジェンス法」(以下、DD法)は、他国のDD法と比べて規模が大きく、法の実効性が強いと言われています。

この法律の制定により、2023年1月からドイツ国内に3000人以上の従業員がいる企業で人権DDを行うように義務付けられました。また、企業の適用範囲は更に拡大し、2024年からは1000人以上の従業員がいる企業でも人権DDが求められます。

人権リスクには、国際社会で認知されている児童労働や強制労働、賃金平等など12の定義があり、人権リスクに加えて3つの環境リスクも回避するように法で求められています。

ドイツDD法は企業に何を求めているか

ドイツのDD法では、指導原則に基づく人権DDの方法を定めており、企業が実施する際、企業が関係する工場や販売店などから、直接または間接的に繋がりがあるサプライヤーや子会社から人権や環境リスクがないかどうか確認しなければならないとされています。リスクと見なされる事項や、将来リスクに繋がる可能性のあるものが特定されたら、直ちに人権や環境への是正措置を企業は行わないといけないと定められています。

また、バリューチェーンの透明性を明らかにするために、ドイツ政府の連邦経済・輸出管理庁が人権DDに関する管理を行います。例えば、企業が人権DDを行った際に作成する報告書の調査をしたり、人権DDを行わなかった際の罰金を科したり、ガイダンスの作成などを行うことになります。そして、NGO労働組合などの市民社会が、企業に対して人権に関する裁判を起こすことも救済の権利として保障されました。これらの企業への働きかけで、SDGsの各ゴールの達成にも近づけるとGrabosch氏は言います。

また、この法律は、ドイツ企業のサプライヤーになっている日本企業にも適用される法律であるため、日本企業にも苦情処理カニズムを構築するなどの人権への取り組みGrabosch氏は呼びかけました。

フランスの人権DD法制化の例:Lucie Chatelain氏(フランス)

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Sherpaという、フランスのビジネスと人権に関するNGOAdvocacy and Litigation Officerを務める、Lucie Chatelain氏より、フランスの「人権デューディリジェンス法」についてのお話をいただきました。

フランスの「人権デューディリジェンス法」とは

フランスのDD法は2017年に制定され、フランス国内に5000人以上の従業員がいる企業、世界に10000人以上の従業員がいる企業で人権DDを行うように義務付けています。

フランスのDD法の特徴には、司法の仕組みが深く関係しており、裁判上の差し止め(裁判上の命令、定期的な罰金の支払いなど)や民事責任が企業に関係しているとChatelain氏は述べました。

フランスのDD法の問題点

2018年からフランス企業が人権DDの取り組みに関する情報を公表しているが、情報は未だ限られていることや、今年は44社の企業が情報を公開していないことが明らかになりました。また、フランスの行動計画の中身の情報は限定的で、既存の原則をリスト化しただけであると指摘されました。ステークホルダーも限定的であり、企業も人権DDを単なるコンプライアンスと混同してしまっていることを問題点として挙げました。

企業は法的責任として人権への取り組みが必要

フランスでは、サプライチェーン上の先住民の権利などを求める人権に関する裁判や、石油探査や気候変動、森林伐採などの環境問題に関する裁判が最近では起こっています。人権や環境への責任に関して、企業の理解は限定的な一方、市民社会は広い解釈を求めているように、違いがあることをChatelain氏は明らかにしました。

また、Chatelain氏は、企業の人権や環境への責任は、人権DDの義務よりも、更に厳しい注意義務(怠ると不法行為の過失となる)として責任体制を定義するべきであると主張しました。そのために、特定の証拠へのアクセス、知る権利のアクセス、刑事責任の導入の重要性を述べられました。

NGOの視点より:岩附 由香氏

BHR市民プラットフォーム副代表幹事、認定NPO法人ACE代表である岩附 由香氏からは、児童労働の撲滅のために企業ができることについてお話しいただきました。

2020年のILOの調査によると、1億6000万人の子どもたちが児童労働をさせられているといいます。児童労働の撲滅のために、これまでACEが行ってきたガーナ政府や民間企業との連携の例を挙げ、NGOと政府や企業との連携の大切さについて岩附氏は示しました。また、先進国政府の取り組みとして、日本での人権DD法の制定が児童労働を撤廃するためにも効果的であるということや、NGOと企業、認証機関が共同声明を発表したことでEUでのデューディリジェンス義務化に繋がった例などをあげ、人権DD法制化のためにできることを訴えました。

投資家の視点より:松原 稔氏

りそなアセットマネジメント株式会社執行役員責任投資部長を務める、松原 稔氏からは、投資家からの視点で人権DDの重要性についてお話をいただきました。

世界的な投資家の動きを見ると、気候変動と人権はPRIの年次総会でも取り上げられるほど、注目されています。また、日本の投資家にとっても、人権は気候変動、コロナの次に関心が高い問題であり、特にグローバル展開をしている企業や、サプライヤーが海外にある場合、人権DDは必要と投資家も理解していると述べました。

投資家の中には、ILOと協力してグリーバンス・メカニズムの構想などの検討を進めるなどの活動を行っているところもあるように、企業と投資家とのコラボレーションが必要だと示しました。

企業の視点より:関 正雄氏

日本企業の場合、未だに人権意識が低いと言われており、人権への取り組みは、法制化されようがされないが、企業は取り組まないといけない問題であるという認識があまりないと関氏は言います。企業の問題点として、NGOとの対話がまだまだできていないことを挙げ、また人権への取り組みを行う努力をしているかどうかを評価する構造も必要だと述べました。

法整備のためには、対話が必要!Chatelain氏・岩附氏・松原氏・関氏

Chatelain氏は、フランスでの人権DDは、DD法で定められている最低限の義務であると述べました。一方で、ステークホルダーとの対話は義務になっていないために、NGOと企業との対話が進められているわけではないそうですが、対話が重要だと訴えました。

岩附氏は、企業との協力事例がこれまでにもあるように、NGOからもっと人権課題を企業に呼びかけることができると述べました。一方で、企業はNGOから糾弾されるのではないかと恐れるのではなく、NGOと企業の連携ができ始めている日本でも、対話の量を増やしていき、人間関係を築いていくことを求めました。

また、投資家は企業にとって怖い存在と見られることがあるが、企業は投資家との対話を行うことが重要だと松原氏は言います。投資家の中には、短期的利益を求める投資家と長期的利益を求める投資家がいるが、企業の持続的成長に導くためには長期的投資家の見極めが企業には必要であると述べられました。企業が考える人権の位置付けを、対話を通して投資家は聞きたがっていると松原氏は主張しました。

そして、関氏は海外での企業とNGOの対話の例を出され、企業とNGOが日常的な接点をもつことが大切ということをお話しされました。海外では、週に一度のペースで特定の相談事の有無にかかわらず顔を合わせるといった対話のベースを持っている企業があるように、企業がいろんなステークホルダーとの連携で意見を取り入れることが重要だと示しました。

日本で深めるべき議論:Chatelain氏

フランスのDD法は、政府がイニシアティブではなく、司法の面から扱われることが多いことから、日本の企業、市民社会へ向けたアドバイスとして、人権侵害や気候変動の被害者や司法アクセスを守る議論を日本で深めるべきと述べました。

パネルディスカッションまとめ:岩附氏

最後に、岩附氏より、法制化に向けできることとして、指導原則にもあるように政府や企業がどのように人権を尊重するのかを明確に示す必要があることを訴えました。そのためには法律を作ることが必要であり、それは政府にしかできないことであると、人権DDの法制化を政府に対し強く求めました。そして最後に、法制化がされれば、現在世界第2位の現代奴隷の消費国である日本の影響力で世界をより良く変えることができると前向きなメッセージをいただきました。

閉会挨拶

ビジネスと人権市民社会プラットフォーム副代表幹事を務める、梁井 裕子氏より、閉会挨拶をしていただきました。

ビジネスと人権市民社会プラットフォームは、日本の行動計画に市民社会の立場からエンゲージしていくことを目指し、多様なステークホルダーとの対話の連携や社会に置けるビジネスと人権の理解の促進を行っている団体であると活動の紹介がありました。

これからもステークホルダーで議論を深める機会を設け、ビジネスと人権の課題の解決や持続可能な社会を目指していきたいと、本ウェビナーを締めくくりました。

おわりに

私たちヒューマンライツ・ナウは、引き続きビジネスと人権に関するイベントの開催、調査報告や政策提言を続けてまいります。
ぜひこれからもご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

また、ビジネスと人権の基本情報について企業向けに解説を行っている動画をYouTubeでも公開しておりますので、是非合わせてご覧ください。


www.youtube.com



(文・豊吉里菜)

 

刑法性犯罪規定の改正に向けて~④HRNは性的姿態の撮影行為に対する処罰規定の創設を求めます~

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同意がないまま性行為が行われたにも関わらず、加害者は罪に問われず、多くの被害者が泣き寝入りを強いられている事実を知っていますか?

2017年に始まった#MeToo運動を受け、日本でも性暴力被害者が声を上げ始めました。

2017年6月には、110年ぶりに性犯罪に関する刑法が大幅改正されました。

しかし日本の法制度はいまだ国際水準に遠く及んでいません。

 

2021年は、刑法性犯罪規定の改正に向けて重要な意味を持つ年です。刑法が改正され、性暴力の被害者が正当に守られる社会を実現するために今一度声をあげる必要があります。2021年が変化の年になるように、という思いを込めて#2021tochangeのハッシュタグを作成しました。

 

 

 

 

 

1. 性的姿態の撮影行為とは?

 

・被害者に気づかれずに撮影をすること(盗撮)

・強制性交などの犯行場面の撮影すること

・被害者に強要して出演させたアダルトビデオ(AV)を撮影すること

・性的な目的でスポーツ選手を撮影すること

・子どもの水着姿やブルマ姿を撮影すること

などを合わせて性的姿態の撮影行為と呼んでいます。現在の日本では同意のない性的姿態の撮影行為に対する処罰規定がないため、下着の盗撮画像、アスリートの性的姿態の無断撮影、児童ポルノとして捕捉されない少年少女の性的姿態の動画・画像撮影による被害に対処できていません。一方で、インターネットの普及によりこれらのデータが半永久的に流通・氾濫している事態が起きており、同意なく性的姿態を撮影された被害者の不安や恐怖は拭えぬほど大きくなっています。

 

2. AV出演強要問題

 

近年「モデルにならない?」などと声をかけられ、契約書にサインをするとAVへの出演を強要される事例が相次いでいます。拒否しようとすると「契約だから仕事は拒絶できない」「違約金を支払わせる」「親にバラす」と脅されAV出演を半ば強要するといった悪質な手口が横行しています。AV出演を強要された結果、深刻なPTSDに苦しめられたり、いつまでもビデオが販売され、誰にも見られたくない映像がインターネット上で公開され続けることを苦に自ら命を絶ってしまったり、整形手術を繰り返したりと被害状況は深刻です。

 

被害者の無知や厳しい金銭的状況につけ込んで無理やりAVに出演させることは、被害者の同意に基づいているとは言えず、重大な人権侵害行為です。被害を受けた当事者たちが救済を求めて声をあげはじめたことから、AV出演強要は大きな社会問題として扱われるようになりましたが、問題に対処できる法整備は未だなされていないままです。

 

ヒューマンライツ・ナウはAV出演強要に関する被害実態を明らかにすること、法的な処罰対象とすること、被害者を救済できる法整備などをかねてより求めてきました。出演強要により動画の撮影、販売、頒布を処罰するとともに、加害者が持っているデータを削除・没収できる法的な仕組みの設置が必要です。

 

3. 法律はどうなっているの?

 

日本の現行刑法には、性的姿態の撮影行為を処罰できる規定がありません。軽犯罪法都道府県等による迷惑防止条例によって盗撮などが罪に問われることがありますが、処罰が軽い、処罰対象が狭い、自治体によって決まりに幅があるなどの問題があります。

 

元配偶者・交際相手への腹いせに、過去に撮影した性的姿態のデータを公表させるリベンジポルノは私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律(通称:リベンジポルノ防止法)で処罰される対象です。しかしこの法律による刑罰は懲役刑と罰金刑のみで、罪に問われた加害者が持っているデータの削除・没収は限定的にしかなされていません。プロバイダーに削除要請をすることで、インターネット上に頒布されたデータの消去を求めることはできますが、性的姿態を撮影されたこと、およびそのデータを公表されたことで深く傷ついた被害者自らがデータを探し出し、削除要請をすることは簡単ではありません。こういった現状に鑑みると、リベンジポルノ防止法は被害者に対する救済制度としての役割を十分に果たしているとは言えません。インターネットの利用状況、そしてインターネット空間に性的姿態を撮影したデータが溢れている現状に向き合い、撮影とデータの公表を取り締まるだけでなく、データの削除や回収を含めた被害者救済制度をつくる必要があります。

 

4. 私たちが性的姿態の撮影行為に対する処罰規定の創設を求めている理由

 

刑法改正に向けた検討会でも性的姿態の撮影行為に関する処罰規定創設の必要性が多くの委員の間で共有されましたが、反対意見も出されました。しかし、性的姿態を撮影されたことやAV出演を強要されたことのトラウマに苦しみ、データがいつどこで拡散されるかと怯えながら生活している被害者を守れるのは、性的姿態の撮影、公表、頒布を処罰対象とし、またデータの削除・没収ができるようにする法整備しかありません。

 

数多く報告されているAV出演強要被害の実態を明らかにし、同意のない性的姿態の撮影行為を処罰できるようにしなければなりません。相手の同意がないのに性的姿態を撮影することは、それだけで被害者の性的尊厳を踏みにじる行為です。そして撮影されたデータを加害者や第三者が保持し続ける限り、被害者は傷つけられ続けます。長期にわたって被害者を苦しめ続けるこの問題を終わらせるために、性的姿態の撮影だけでなく撮影、販売、頒布をも処罰対象とし、データを速やかに回収できる仕組みを整備する必要があります。ヒューマンライツ・ナウは、性的姿態の撮影行為に対する処罰規定の創設を求めます。

 

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【声明】被害の実態に沿った法改正という原点はどこへいったのか?性犯罪に関する刑事法検討会の取りまとめにあたって

 

刑法が改正されるかもしれない2021年、性犯罪被害の実態に沿った刑法改正の実現のためにもう一度声をあげる必要があります。今後も#2021tochange のタグをつけて、ヒューマンライツ・ナウが求める刑法改正のポイントをSNS・ブログにてご紹介します。

 

ヒューマンライツ・ナウの過去の活動はこちらからご覧いただけます。

【提言】私たちが求める刑法性犯罪規定改正案(改訂)

10か国調査 性犯罪に対する処罰 世界ではどうなっているの?〜誰もが踏みにじられない社会のために〜

 

AV出演強要問題に関するヒューマンライツ・ナウの取り組みはこちらからご覧いただけます。

AV出演強要被害をなくすために

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ヒューマンライツ・ナウは、日本発の国際人権NGOです。

世界でも最も深刻な人権侵害を調査し、声をあげられない被害者に代わって告発し、解決を求めて国際的な活動を展開しています。

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刑法性犯罪規定の改正に向けて~③HRNは性交同意年齢の引き上げを求めます~

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同意がないまま性行為が行われたにも関わらず、加害者は罪に問われず、多くの被害者が泣き寝入りを強いられている事実を知っていますか?

2017年に始まった#MeToo運動を受け、日本でも性暴力被害者が声を上げ始めました。

2017年6月には、110年ぶりに性犯罪に関する刑法が大幅改正されました。

しかし日本の法制度はいまだ国際水準に遠く及んでいません。

 

2021年は、刑法性犯罪規定の改正に向けて重要な意味を持つ年です。刑法が改正され、性暴力の被害者が正当に守られる社会を実現するために今一度声をあげる必要があります。2021年が変化の年になるように、という思いを込めて#2021tochangeのハッシュタグを作成しました。

 

 

 

 


性交同意年齢とは?

 

性交同意年齢とは、性交等をするか否かを自ら決定できると見なされる年齢の下限のことを指します。日本の現行刑法では13歳が性交同意年齢と定められていて、13歳未満の者と性交等を含めた性的行為をすることは処罰の対象になります。性交同意年齢は性交等がそもそもどういう行為であるか、また性交等をした結果何が起きうるのか、そしてそれらを十分に理解した上で自分が性交等をしたいかどうかを判断できない子どもを性被害から守るために設置されています。

 

グルーミングってなに?

 

グルーミングとは、特に子どもへの性暴力が起こる前の段階で加害者が被害者に接近し、徐々に信頼を得ていく準備過程のことを言います。加害者が巧みな言葉で子どもを揺さぶり、加害者に心を許しきったところを利用して性加害をする事例が多数報告されています。グルーミングによる性暴力を受けた被害者は加害者を信用しきってしまっているため、自分が性被害に遭っていることに気が付くことができず、誰の助けも及ばないところで重大な被害に遭っている危険性があります。被害の実態に気が付いていない被害者が一見して性的行為に同意しているかのように見えること、このような心理的操作を用いれば性交等を強要するために暴行・脅迫をする必要がないことから、日本の現行刑法ではこういった性暴力を犯罪として立件するのが難しい実情があります。

 

こういった卑劣な性暴力から子どもを守るためには、同意や暴行・脅迫の有無に関わらず一定の年齢以下の子どもと性交等をすることを処罰対象とできるよう、性交同意年齢の引き上げが求められます。

 

法律はどうなっているの?

 

刑法176条

「13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。」

刑法177条

「13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)」をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。」

 

 

日本の現行刑法では、13歳未満の子どもと性交等を含む性的行為をした場合、同意や暴行・脅迫の有無に関わらず強制わいせつもしくは強制性交等の罪に問われることとなっています。日本において性交同意年齢が13歳と定められたのは刑法性犯罪規定が作られた明治時代のことで、それ以来110年以上に渡って一度も性交同意年齢は変更されていません。立法当時には妊娠の可否など、女子の身体的成熟を根拠に法律で性被害から守られるべき年齢の下限は13歳と定められました。しかし現在では、誰と性的行為をするのか、またはしないのかを自由に決められる性的自己決定権は保護法益であると考えられています。つまり、その自由と権利を侵害しうる他者の行為を法律で処罰対象にすることによって、その権利を守ろうというのが現代の考え方です。

 

現在の日本では性交同意年齢が13歳と規定されており、また地位関係性を利用した性暴力を処罰する規定もありません。たとえば13歳以上の中学生が学校の教師などの大人から性暴力を受けた場合、暴行・脅迫があったかどうか、本当に抵抗ができなかったのかなどをその被害者が説明し、またそれが事実であったと認定されなければ犯罪として立件できません。

 

多くの先進国は性交同意年齢を16〜18歳としています。日本と同様に13歳を性交同意年齢としていた韓国やフランスでも、成人から少年少女への性暴力は子どもに対する深刻な人権侵害行為と捉えられ、韓国では2020年に性交同意年齢が16歳へ、フランスでは2021年に15歳へと引き上げられました。

 

性交同意年齢の引き上げに際して、若年者同士が恋愛をしお互いの性的同意を確認した上で性的行為をすることが処罰対象とならないよう、年齢差要件を設置を考慮する必要があります。そこで、お互いに18歳未満で、年齢差が2歳以内の2人がともに性的同意を確認しあい、暴行・脅迫や地位関係性の利用なく性交等をする場合には処罰対象としないなどの要件を設置するようヒューマンライツ・ナウは提案しています。しかし、検討会ではこれらに関する具体的な改正についての合意には至りませんでした。

 

私たちが性交同意年齢の引き上げを求めている理由

 

現在の日本の学校で行われている性教育などの内容に鑑みると、13歳の子どもに性交等の意味や行為の先に生じる責任、また性的同意に関する十分な理解を期待するのは現実的ではありません。判断能力や知識の乏しい子どもの脆弱性につけ込んだ性暴力は、子どもに対する深刻な人権侵害であり、子どもを守るためには性交同意年齢の引き上げが必須です。

 

大人ですらも性暴力を受けたときに驚きや恐怖から加害者に「NO」と言えないこと、また性暴力を受けたことがトラウマとなり、そのときのことが思い出せなかったり、そのときの状況を人にうまく説明できないことがあります。性暴力を受けたことがその後に人生に大きな爪痕を残し、被害者がPTSDなどの精神疾患を発症してしまう事例も多く報告されています。被害者を守れない法制度が仇となり被害が多発・中長期化している実情に向き合い、刑法改正の実現に向けて声をあげなければなりません。とくに判断力が乏しい中学生をはじめとする子どもが成年者から性暴力を受ける事例が相次ぎ、社会問題と化している今日、性交同意年齢を引き上げて子どもを守れる社会をつくることは早急に実現すべき社会課題の一つであると言えます。

 

性交同意年齢は、妊娠が可能かどうかの身体的習熟度ではなく、性的行為の意味や内容、行為の結果として起きうることに関する知識や理解といった社会的習熟度に基づいて設定されるべきという現代的・国際的人権基準に基づき、また義務教育を終えるまでの全ての子どもを性暴力から守るため、ヒューマンライツ・ナウは性交同意年齢を16歳に引き上げることを求めます。

 

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【声明】被害の実態に沿った法改正という原点はどこへいったのか?性犯罪に関する刑事法検討会の取りまとめにあたって

 

刑法が改正されるかもしれない2021年、性犯罪被害の実態に沿った刑法改正の実現のためにもう一度声をあげる必要があります。今後も#2021tochange のタグをつけて、ヒューマンライツ・ナウが求める刑法改正のポイントをSNS・ブログにてご紹介します。

 

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【提言】私たちが求める刑法性犯罪規定改正案(改訂)

10か国調査 性犯罪に対する処罰 世界ではどうなっているの?〜誰もが踏みにじられない社会のために〜

 

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刑法性犯罪規定の改正に向けて~②HRNは地位関係性利用型性犯罪規定の創設を求めます~

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日本において同意がないまま性行為が行われたにも関わらず、加害者は罪に問われず、多くの被害者が泣き寝入りを強いられている事実を知っていますか?

2017年に始まった#MeToo運動を受け、日本でも性暴力被害者が声を上げ始めました。

2017年6月には、110年ぶりに性犯罪に関する刑法が大幅改正されました。

しかし日本の法制度はいまだ国際水準に遠く及んでいません。

 

2021年は、刑法性犯罪規定の改正に向けて重要な意味を持つ年です。刑法が改正され、性暴力の被害者が正当に守られる社会を実現するために今一度声をあげる必要があります。2021年が変化の年になるように、という思いを込めて#2021tochangeのハッシュタグを作成しました。

 

 

 

地位関係性利用型性犯罪とは

ヒューマンライツ・ナウは、当事者間の社会的な力関係を利用して相手に性的行為を強要することを地位関係性利用型性犯罪として処罰できるようにすることを求めています。

特に近年では、企業関係者から就活中の学生への性暴力が多く報告されています。また学校の教師が生徒(学生)に性加害をする事例が後を絶ちません。

前回の投稿でご紹介した通り、性的同意を確認する際には自分と相手が対等な立場にあることが必要不可欠です。教師やコーチと生徒、上司と部下、施設職員と入所者などを想像してみてください。先生に性的行為を求められているけれど、拒否したら成績を下げられるかもしれない。上司を拒絶したら給料を下げられてしまうかもしれない、もしかしたら仕事をやめさせられるかもしれない。施設で生活できなくなるかもしれない。権力関係を利用する場合、暴行や脅迫をしなくても、行為者が同意のない性的行為を相手に強いることは容易です。

 

このように支配的・権力的な地位関係を利用した性暴力を正しく処罰できる法制度が必要です。

 

法律はどうなっているの? 

刑法179条

「1.18歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じてわいせつな行為をした者は、第176条の例による。

  1. 18歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて性交等をした者は、第177条の例による。」

 

このように刑法179条では監護者、つまり、経済面や衣食住等の生活面・精神面で子どもを保護すべき者が、その子どもと性的行為をしたときは、暴行・脅迫の有無や抗拒不能を問わず犯罪としています。2017年改正で創設された監護者わいせつ罪監護者性交等罪です。しかし、これでは監護者の範囲が狭すぎるという問題があります。

行刑法の問題点

①監護者以外が地位関係性を利用して性交等をした場合は犯罪とならない。

  →例えば監護者以外の親族や兄弟、教師、アルバイト先の上司などがその地位関係性を利用して18歳未満の者に性交等をした場合、177条・178条に該当しない限り、刑法では処罰ができません。

 

②18歳以上の者に対する地位関係性を利用した性交等を処罰できない。

  →監護者が18歳以上の者に性交等をした場合でも、177条・178条に該当しない限り、刑法で処罰されません。

  →監護者以外の親族や兄弟、、例えば上司、教師、施設職員など権力関係を利用した者が18歳以上の者に性交等をした場合、177条・178条に該当しない限り、刑法で処罰されません。

 

このように現行法では18歳未満で、かつ、現に監護されている場合には、類型的に性的行為に同意しないと考えられるため、暴行・脅迫や抗拒不能を問わず、犯罪としています。しかし、地位関係性を利用した性暴力の本質は、加害者が自らの支配的・権力的な立場を利用して他者に性交等を迫ることにあります。現行法では守れない18歳以上の者が地位関係性を利用した性暴力を受けた場合にも、その被害を処罰できるようにする必要があります。

私たちが地位関係性利用型性犯罪規定の創設を求めている理由

台湾の刑法では「性交するために、家族、後見人、家庭教師、教育者、指導者、後援者、公務員、職業的関係、その他同種の性質の関係にあることが理由で、自身の監督、支援、保護の対象になっている者に対する権威を利用した者」を処罰することとしています。またドイツの刑法においても関係の性質を問わず、地位関係性を利用した性暴力を広く犯罪と規定しています。このように、性交等の強制に利用されうる地位関係性を「監護者と被監護者」に限定せず、また犯罪として処罰できる要件のうちから被害者の年齢を撤廃することで、現行法の下では泣き寝入りするしかなかった性暴力被害者を救えるようになります。

 

行刑法の犯罪成立要件が限定的であるために取りこぼされている性暴力を犯罪とし、より多くの被害者を守るためには被害者の年齢を問わず、地位関係性を利用した性犯罪規定の創設が急務です。ヒューマンライツ・ナウは、「18歳未満」という年齢制限を撤廃すること、同居する者、介護する者、親族、教師、指導者、上司など権力関係の利用が生じる者など具体的に処罰対象となる地位関係性を例示列挙すること、その地位や権限を濫用したあらゆる地位関係性を利用した性暴力を犯罪とする地位関係性利用型性犯罪規定の創設を求めます。

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【声明】被害の実態に沿った法改正という原点はどこへいったのか?性犯罪に関する刑事法検討会の取りまとめにあたって

 

刑法が改正されるかもしれない2021年、性犯罪被害の実態に沿った刑法改正の実現のためにもう一度声をあげる必要があります。今後も#2021tochange のタグをつけて、ヒューマンライツ・ナウが求める刑法改正のポイントをSNS・ブログにてご紹介します。

 

ヒューマンライツ・ナウの過去の活動はこちらからご覧いただけます。

【提言】私たちが求める刑法性犯罪規定改正案(改訂)

10か国調査 性犯罪に対する処罰 世界ではどうなっているの?〜誰もが踏みにじられない社会のために〜

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ヒューマンライツ・ナウは、日本発の国際人権NGOです。

世界でも最も深刻な人権侵害を調査し、声をあげられない被害者に代わって告発し、解決を求めて国際的な活動を展開しています。

私たちがこのような活動を継続するには、みなさまのサポートが必要です。

現在、夏募金キャンペーンを実施中ですので、この機会に是非温かいご支援をよろしくお願いします。

▷▷https://hrn.or.jp/donation/summer2021/

◆1日33円~のご寄付で団体を支えていただくマンスリーサポーターも募集中です!サポーター様限定の特典もございますので、是非ご検討ください。

▷▷http://hrn.or.jp/donation/monthly_supporter/

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刑法性犯罪規定の改正に向けて~①HRNは不同意性交等罪の創設を求めます~

  

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2017年6月に、110年ぶりに性犯罪に関する刑法規定が改正されてから今年で4年になります。

前回の改正時には強姦罪が強制性交等罪に改められ、被害者の性別を問わなくなり、膣性交のほか、肛門性交・口腔性交も処罰対象となり、刑の下限が3年から5年に引き上げられ、非親告罪*1となりました。また監護者性交等罪が創設され、18歳未満の者に対し、監護者であることの影響力に乗じて性交等を行なった者は、暴行・脅迫の有無を問わず、処罰されることとなりました。

 

2017年改正時、施行後3年を目途として、性犯罪における被害の実情、改正後の状況等を勘案し、性犯罪に係る事案の実態に即した対処を行うための施策の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとすると定められました。

 

ハリウッドから普及した#MeToo運動や、2019年3月から全国に拡がったフラワーデモにおいて、被害者が被害の実態について声をあげ始め、性暴力の実態に即した刑法の改正を求めてきました。

 

このような社会の声を受け、2020年6月に法務省に「性犯罪に関する刑事法検討会」が設置され、被害当事者が委員として初めて参加しました。

 

検討会は、2020年6月からひと月に1から2回の会議を開催し、積み残し課題について議論を重ね、2021年5月に取りまとめ報告書を発表しました。

 

ヒューマンライツ・ナウは2020年6月に「私たちが求める刑法性犯罪規定改正案(改訂)」を発表し、さらなる刑法改正の要望点を明らかにしました。また、2021年5月21日には、検討会の取りまとめ報告書を受けて「声明:被害の実態に沿った法改正という原点はどこへいったのか? 性犯罪に関する刑事法検討会の取りまとめにあたって」を発表しました。

 

検討会が終了し刑法改正の議論が節目を迎える今年、より多くの被害者を守れる社会の実現のために声をあげる必要があります。2021年秋の衆議院選挙後、検討会の報告書を受け、法制審議会が開かれる予定です。この法制審議会にも被害当事者や被害者支援者が参加し、刑法学者や法曹関係者に被害者の声を届け、被害実態に即した改正を実現していくことが重要です。2021年が変化の年となるように、という思いを込めて#2021tochangeのハッシュタグを作成しました。

 

 

 

刑法性犯罪規定の改正においてヒューマンライツ・ナウが求めていることの1つ、不同意性交等罪の創設について一緒に考えてみましょう。

 

 

  

 

 


 性的同意とは

性的同意とは、その相手と性的な行為をしたいと積極的に望む意思のことをいいます。セックスだけでなくキスなどのスキンシップを含む全ての性的な行為に関して、相手がその行為を望んでいるかをお互いに確認しあう必要があります。

 

性的同意には3つの大切なポイントがあります。

①性的同意を相手に強制しない

 行為の意味をきちんと理解していて、また意識がはっきりしている状態でなければ同意はできません。たとえば相手を脅したり、何度もしつこく言い寄ることによって相手の意思をコントロールしたり、お酒や薬物の影響で意識が正常でない人の性的同意を確認することはできません。

 

②自分と相手が対等な立場にある

 親と子ども、上司と部下、先生と生徒のように2人の間に上下関係が存在している場合、その力関係や今後の関係性を考えてしまい、性的行為に同意するか否かの意思表示をするのが難しい場合があります。

 

③意思は継続しない

 たとえば相手からキスをしてきたとしても、それは相手がセックスも望んでいるということではありません。一つ一つの行為に対して相手の意思を確認し、尊重することが重要です。また行為の途中でも相手の気持ちが変わる可能性は十分にあります。あのとき同意したから、さっきまで大丈夫だったから、もう相手の気持ちを確認しなくても良いだろう、ということにはなりません。その都度お互いに性的同意を確認しあう必要があります。


 法律はどうなっているの?

 日本では2017年に性犯罪に関する刑法が改正され、強姦罪は被害者の性別を問わなくなり、膣に陰茎を挿入する行為だけでなく、陰茎を膣に挿入させる行為と、肛門や口に陰茎を挿入する・させる行為も処罰対象とする強制性交等罪に改められました。

 

刑法177条には

13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下、性交等という。)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。

 

と書かれています。つまり、13歳未満の子どもを相手に性交等をした場合は暴行・脅迫の有無を問わず処罰対象となりますが、被害者が13歳以上だった場合、加害者からの暴行もしくは脅迫があったことが証明されなければ、犯罪として処罰できません。これを暴行・脅迫要件と呼んでいます。

 

実際に被害者が「いやだ」「やめて」と性交等に同意していないことを示していても、加害者からの暴行・脅迫が認められなかったために、性被害が犯罪として処罰されなかった事例がありました。現在の日本の法律における性犯罪規定の中核には加害者側の行為がありますが、被害者の同意の有無に着目した法制度が必要です。

 

検討会では「性犯罪の処罰規定の本質は、被害者が同意をしていないにも関わらず性的行為を行うことにある」と確認されました。そして、暴行・脅迫という手段のほかに、不同意を表している手段として、「威力、威迫、不意打ち、欺罔・偽計、驚愕、監禁」などの手段を追加して列挙することが提案されました。しかし、被害者が暴行や脅迫を受けたことが証明できなくても、被害者の同意がない性交等を処罰する不同意性交等罪を導入すべきとの結論には至っていません。

 

また刑法178条には

1. 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、176条の例による。

2. 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をしたものは、前条の例による。

 

 とあります。

これは、他人の意識を衰えさせたり、また意識がはっきりしていない状態を利用したり、他人が行為を拒否できないような状態を強制した上で性交等を行うのは犯罪であるとしています(=抗拒不能要件)。しかし実際には、そのときに意識が曖昧だったことや、なにをもって抵抗が難しい状況=抗拒不能であったとするのかの基準が明確ではないことから性被害が見逃されてしまうケースが多くあります。そのため、検討会ではこの条文を明確にする必要性について議論されました。

 

2020年にヒューマンライツ・ナウが発表した「私たちが求める刑法性犯罪規定改正案(改訂)」では、この条文に睡眠やアルコール、ドラッグ、病気、障がい、恐怖などの被害者の状態を列挙し、それらが原因で性的同意を示すことのできる状況ではない人たちに性交等をすることは全て犯罪として取り締まれるようにすることを提案しました。

 

検討会では、不同意を表すために列挙する手段や状態以外の場合でも、意思に反する性交を捕捉できるようにするため、列挙する手段や状態に加えて「その他意思に反する」という受け皿規定を設けるべきだという意見が述べられました。

ただ、「その他意思に反する」という文言だけでは不明確であるとして、この文言に加えて

①「抗拒・抵抗が著しく困難」

②「抗拒・根絶が困難」

といった規定にすべきとの意見もありました。しかし、被害者の抵抗を前提とする規定は、強姦神話*2に繋がる恐れがある上、被害の際に意思とは関係なく身体が動かなくなるような生物学的反応もあるため、被害実態を適切に反映した規定とは言えません。

 

 私たちが不同意性交等罪の創設を求めている理由

 日本国憲法13条は「すべて国民は、個人として尊重される」として、個人の尊厳を保障しています。私たちは、一人一人が性的尊厳を有し、誰と、いつ、どこで、どのように性的行為をするのか、しないのか、自ら決定する権利があります。

 

刑法の性犯罪規定は、性的自己決定権だけではなく、性的尊厳や心身の統合性を保護しているとの考えが検討会では示されました。だからこそ、性犯罪の処罰規定の本質は、被害者が同意をしていないにも関わらず性的行為を行うことにある、と確認されたのです。しかし現在の刑法は、被害者が同意していないことのみでは足りず、暴行・脅迫があったこと、被害者が抵抗困難であったことが犯罪の成立要件として要求されています。

 

たとえばドイツの刑法では

その者の認識可能な意思に反して、その者に対して性的行為をした

 

ことが犯罪とされています。これはNo Means No型の法制度とされ、被害者側が性的行為に同意しない意思を言葉や態度で示したのにも関わらず、行為を強制することを犯罪としています。また被害者に同意を強要したり、意思形成や表明が難しい状況を利用したり、被害者との上下関係を利用して性的行為をすることも犯罪とされます。ドイツの他にもイギリスやカナダ、アメリカのニューヨーク州で、性犯罪規定はNo Means Noが原則とされています。他にはYes Means Yes型の法制度があります。これは相手が拒否したのにも関わらず性的行為を強要した場合だけでなく、相手の性的同意を確認せずに性的行為をすることも犯罪であるとし、スウェーデンではこういった法整備がなされています。このように、同意のない性的行為を犯罪としたり、性的同意の確認義務を行為者に課したりする法制度が諸外国では採用されており、日本にもこのような国際基準に則した法制度が必要であると考えます。

 

日本でも2017年から広がった#MeToo運動やフラワーデモに象徴されるように、これまでの法律では泣き寝入りせざるを得なかった性被害の当事者たちが、被害者が守られる社会を求めて声をあげています。被害当事者が安心して被害を申告し、被害実態を踏まえて適正に処罰できる刑事法の改正が求められています。そして刑法改正の具体的な内容の一つとして不同意性交等罪を創設し、相手の同意のない性的行為は犯罪であることを刑法で明示し、性暴力を性犯罪として処罰する仕組みが必要です。

 

すでに日本社会では性的同意に関する議論が多く行われています。都内の大学などでは性的同意に関するハンドブックが配布されるなど、性的同意という言葉とその意味を知る人たちが増えてきています。

 

暴行・脅迫要件を撤廃して不同意性交等罪を創設し、同意のない性的行為は許されないという指針を国が主体的に示すことによって、より多くの人の性的尊厳・性的自己決定権が守られ、性被害に遭った人が泣き寝入りを強いられない社会の実現に近づくことができると考え、ヒューマンライツ・ナウは不同意性交等罪の創設を求めます。



【参考】

・一般社団法人ちゃぶ台返し女子アクション(2018)『セクシュアル・コンセント(性的同意)ハンドブック』

日本学術会議(2020)『提言「同意の有無」を中核に置く刑法改正に向けて -性暴力に対する国際人権基準の反映-』

ヒューマンライツ・ナウ(2018)『性犯罪に関する各国法制度調査報告書』

・刑法改正市民プロジェクト「【緊急署名】不同意性交等罪を作ってください!」

 

注1 非親告罪:被害者が示談に応じたとしても、加害者には刑罰が科される犯罪のこと。

注2 強姦神話:性暴力や性被害者に対する勘違い。たとえば、「被害者が抵抗しなかったのであれば、その行為には同意していたことになる」「性被害の当事者は、一生トラウマに苦しめられるはずだから幸せな人生は送れないだろう」などがある。

 

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【声明】被害の実態に沿った法改正という原点はどこへいったのか?性犯罪に関する刑事法検討会の取りまとめにあたって

 

刑法が改正されるかもしれない2021年、性犯罪被害の実態に沿った刑法改正の実現のためにもう一度声をあげる必要があります。今後も#2021tochange のタグをつけて、ヒューマンライツ・ナウが求める刑法改正のポイントをSNS・ブログにてご紹介します。

 

ヒューマンライツ・ナウの過去の活動はこちらからご覧いただけます。

【提言】私たちが求める刑法性犯罪規定改正案(改訂)

10か国調査 性犯罪に対する処罰 世界ではどうなっているの?〜誰もが踏みにじられない社会のために〜

 

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ヒューマンライツ・ナウは、日本発の国際人権NGOです。

世界でも最も深刻な人権侵害を調査し、声をあげられない被害者に代わって告発し、解決を求めて国際的な活動を展開しています。

私たちがこのような活動を継続するには、みなさまのサポートが必要です。

現在、夏募金キャンペーンを実施中ですので、この機会に是非温かいご支援をよろしくお願いします。

▷▷https://hrn.or.jp/donation/summer2021/

◆1日33円~のご寄付で団体を支えていただくマンスリーサポーターも募集中です!サポーター様限定の特典もございますので、是非ご検討ください。

▷▷http://hrn.or.jp/donation/monthly_supporter/

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*1:非親告罪

*2:強姦神話