HRN通信 ~「今」知りたい、私たちの人権問題~

日本発の国際人権NGOヒューマンライツ・ナウが、人権に関する学べるコラムやイベントレポートを更新します!

【イベント報告】5/19ビジネスと人権ダイアローグ第6弾「ビジネスと人権の視点から考える ソーシャルメディア活用」

ヒューマンライツ・ナウ(HRN)は2022年5月19日(木) に、ビジネスと人権ダイアローグ第6弾「ビジネスと人権の視点から考える ソーシャルメディア活用」を開催いたしました。

 

当イベントでは、俳優・アクティビストの石川 優実氏、京都大学大学院法学研究科教授(憲法・情報法)の曽我部 真裕氏、ジャーナリスト/メディア・アクティビスト、大阪経済大学情報社会学客員教授の津田 大介氏をゲストスピーカーとしてお迎えしました。

 

ビジネスと人権の視点を基に、個人や企業がソーシャルメディア等を活用する際の利点・弊害、ソーシャルメディアを使って企業活動をする立場の視点、そしてプラットフォーム側としての責任とユーザーとしての環境作りに関して、指導原則や遵守すべき国内外の基準、起こった人権侵害の例を踏まえて議論しました。

 

※本イベントは有料イベントのため、詳細な報告は控えさせていただきます。ヒューマンライツ・ナウの会員・マンスリーサポーターの皆さまは以下のリンクより、当日のアーカイブ映像をご覧いただけます。

https://video.hrn.or.jp/

 

 

石川 優実氏「ビジネスと人権の視点から考える ソーシャルメディア活用」

石川氏は、SNSから始まった#KuTooという運動やSNSで活動する中で経験したオンライン・ハラスメントについて説明してくださいました。

例えばオンライン・ハラスメントは、被害者がお金や労力を使わなければ解決できないという問題点があることを指摘します。なぜなら、被害者が情報開示請求をする場合、数十万単位のお金がかかるだけでなく自身がうけた誹謗中傷を証拠として保存するために何度も目にしなければなりません。

 

そして、プラットフォームに望むこととして、加害者が誹謗中傷をしないようにプラットフォーム側が適切に対処する規律やポリシーを作り、つきまといやデマ情報の拡散をさせない工夫などが必要だと言います。

 

津田 大介氏「ビジネスと人権の視点から考える ソーシャルメディアの諸問題」

津田氏は、ソーシャルメディアの発展とその問題について話してくださいました。

 

スマートフォン契約者やSNS利用者の増加に伴う10年間の情報環境の変化は、社会運動などの力を大きくした一方で、運動を抑え込もうとするバックラッシュなどの動きも表面化させたと言います。韓国や日本の事例を交えながら、こうした問題がなくならない原因について触れました。

 

プラットフォーム規制、広告規制、実名公表、サイトブロッキング、法規制などの対策を一つひとつ積み重ねることで、対処するしかないと指摘します。

 

曽我部 真裕氏「ビジネスと人権の視点から考える ソーシャルメディア活用」法律の観点から

曽我部氏は法律の観点から、表現の自由ソーシャルメディア運用、その限界について説明してくださいました。

 

表現の自由が限界を迎えている理由は、アテンション・エコノミー※1脊髄反射※2、フィルターバブル※3だと言います。また、ソーシャルメディアに関する法律では、一部の投稿は侮辱罪や名誉棄損罪にあたるが、多くの場合明確な権利侵害と言える投稿とは言いにくく、法律の適用にも限界があることを示唆されました。

 

最近の傾向として、個別の削除請求などのミクロ的な対応に加えて、問題投稿の総数を減らすマクロ的な対応が議論されているそうです。

 

※1 ソーシャルメディアは「注目(アテンション)」を集めることが目的の世界

※2よく考えずに「拡散」してしまう。正義感であれネガティブなものであれ、感情のままに情報を発信・拡散してしまう

※3似た意見の人とばかり交流する結果、過激化する

 

本イベントに参加したことで得られたもの

ソーシャルメディアの「光と影」

ソーシャルメディアの発展は、私たちの情報発信の幅を広げ、孤立した人々を繋げることで、これまで社会に聞かれてこなかった不正義に対する声を大きくすることを可能にしてきました。こうしたソーシャルメディアを利用した運動が数多く展開されている一方で、誹謗中傷やハラスメントなどの問題が発生しています。



ソーシャルメディア上で発生する問題

デマや曲解、偏見に基づく批判、侮辱、名誉毀損、つきまといなどが挙げられています。

なぜ、こうした問題がなくならないのでしょうか。

登壇者である津田氏は、義憤に燃えた人・確信犯、世論工作を請け負った業者、ビジネスとして煽るメディアなど、さまざまな要因があると言います。



問題を解決するためには

対策として、SNSプラットフォーム企業への提言、政策担当者への提言などがあります。しかし、被害者がお金や労力を使わなければいけないこと、言語の壁や資本理論で動くためプラットホーム規制がなかなか改善されないこと、法律でなにが差別かを判断することの難しさ、などの課題もあります。



登壇者の皆さまのコメント

最後に登壇者の皆さまから、本テーマに関してコメントをいただきました。

曽我部氏

現在の法律には限界がある。違法だが裁判をするにはお金がかかり、なにが差別かを理解することがとても難しい。なので、こうした問題を法律で規制するだけではなく、法律の限界を社会全体で補うことが必要。

 

石川氏

SNSがデマや誹謗中傷なしで、誰もが自由に意見を交わせるような言論空間であればと思う。また、社会で女性差別や性差別が、まだまだ認知されていないと感じる。オンライン上だけではなく、実社会でも性差別をなくすことも目指して行かなければならない。

 

津田氏

ソーシャルメディア活用の問題背景には、明らかにモラルを超えていたり、差別を先導していたり、犯罪を誘発する投稿が、かなり放置されてきたこともある。まず、第2や第3のヘイトクライムを生み出さないように、明らかに違法なものに対する法的な措置や、事業者がケアに取り組むよう促す枠組み作りが重要だと思う。

 

 

ヒューマンライツ・ナウは、今後もビジネスと人権に関するダイアローグの開催、調査報告や政策提言を続けてまいります。ぜひこれからもご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

【第3弾】ビジネスと人権プロジェクトインタビュー企画 「私たちこうやって『ビジネスと人権』に取り組んでいます」

企業の「ビジネスと人権」の取り組みについて現場の声を伝え、多様なステークホルダーがどのような課題を抱えているのかを共有し、ビジネスと人権の取り組みを促進することを目的としたビジネスと人権インタビュー企画。第3弾は三菱地所株式会社サステナビリティ推進部、人事部人権啓発・ダイバーシティ推進室の方にインタビューさせていただきました。

なお、本インタビュー企画は、多様なステークホルダーの活動促進のきっかけ作りとして、各企業のビジネスと人権にかかる取り組みを紹介させて頂くものですが、インタビュー実施以上の事実調査は行っておらず、その取り組みの具体的内容すべてを当団体として保障・賛同するものではございません。

 

「ビジネスと人権」に関連した取り組み

まずは、長期経営計画2030の一環として策定した「三菱地所グループのSustainable Development Goals2030」で定めた「サステナブルな社会の実現」という目標のもと、実施している取り組みの一部を紹介いただきました。
三菱地所グループの新入社員や三菱地所の新任管理職向けの人権研修などの取り組みのほか、3泊4日の宿泊研修、建設・不動産人権デュー・ディリジェンス勉強会などのユニークな取り組みについてもお話いただきました。

 

宿泊研修

三菱地所グループの管理職を対象に、毎年8月に30~40人で行う3泊4日の人権研修です。高野山で毎年開催されている部落解放・人権夏期講座に合わせて現地に赴き、その研修と合わせて企業オリジナルの研修も実施しているとのことです。

参加者からは、日頃、人権のみにフォーカスして数日間も考え続けることはない中で、この期間は目から鱗となるような発見や様々な気づきが多いという感想が寄せられているとのことです。
すぐにグループ全体の雰囲気が変わるものではありませんが、一回だけではなく毎年継続することで、各社で参加したことがある人の数が増え、グループ全体の雰囲気も少しずつ変わり、良い影響が出てくることを期待しているそうです。2020年以降はコロナの影響で中止となっていますが、再開を心待ちにしている社員もいるとのことでした。

 

建設・不動産人権デュー・ディリジェンス勉強会

2018年からデベロッパー5社とデベロッパーの1次サプライヤーに当たるゼネコン3社との建設・不動産人権デュー・ディリジェンス勉強会を開催されています。グループの人権に関する取り組みを進める過程で、最終的に人権への負の影響を減らしていくのは一社の取り組みだけでは困難であり、業界全体で取り組む必要があると感じ、自ら呼びかけ企業となって同業他社とゼネコン企業との勉強会を発足させたということです。

同じ業界の中でも取り組みの進度や理解度がバラバラの中で足並みを揃えるのは難しかった一方、問題点や課題は業界で共通する面もあり、方向性が決まった際には認識を共有して動くことができるという大きなメリットを感じていると話されていました。

また、業界全体として取り組むべきという考えから、三菱地所のグループ会社が考案した適正な木材使用に関わる認証スキームについても、手順書・仕様書などを含めて勉強会でオープンにしているそうです。

 

取り組みのきっかけ

次に、「ビジネスと人権」に関する取り組みを始めるきっかけについてお話いただきました。

1970年代から、差別禁止・同和問題等といった人権課題に関する啓発活動を継続的に行っており、会社全体として人権への感度が高く、人権の重要性が十分に共有されてきたそうです。そのような中、5~6年前に人権に関する国際的な動向を踏まえて社内議論が始まり、2018年に業界の中では先駆けて「ビジネスと人権に関する指導原則」を元にした三菱地所グループ人権方針を策定したということです。

人権侵害をなくす方向性について、総論は賛成であっても各論レベルで議論した際の難しさがあると指摘されていました。サプライチェーン上でどこに人権侵害があるかの見極めには現場の協力が欠かせませんが、その現場の作業が増えてしまったり、それに伴ってコストも増えてしまったりする場合に、なかなかすんなりと実行できず難しさを感じる場面もあるとのことでした。

 

サプライヤーとのコミュニケーションで意識していること

「ビジネスと人権」の取り組みで重要なサプライヤーとの協力について、コミュニケーションを取る上で意識していることを伺いました。

サプライヤーとの間で共通認識を持つことに特に注力しているとのことでした。まず行うのはサプライヤーの方がどのような考え方や計画に基づき、どんな具体の取組みをしているか等ヒアリングをし、相手の価値観などを知った上で、三菱地所としての考えを伝えながら、共通ゴールを持てるような対話を心がけているそうです。見解の相違が出てしまう部分もあるということですが、お願いしている事項の背景や理由についてもしっかり説明することで理解につなげているとお話いただきました。1次サプライヤーのゼネコン各社も課題意識は持っており、同じ認識ができつつあると感じているとのことですが、その先の2次3次サプライヤーについてはアプローチするのが難しいケースも多く今後検討を進めていくべき点だと課題感を共有いただきました。

 

NPONGO、政府に求めること

NPONGOまた、政府に求めることも伺いました。

NGOなどに求めることとしては、企業との対話の重視を挙げていただきました。何をどのくらいのタイムラインでどこまで求めるのか、何が最低限必須なのか、どういった取り組みがベストプラクティスと考えられるのかなどを知りたいとお話いただきました。特に新しいテーマの場合、十分な情報が公開されておらず、情報を得るのが難しいと感じることもあるそうです。また、自分達の取り組みに対してのフィードバック、とりわけ方向性や内容についての評価や改善ポイント等を知りたいとお話いただきました。
政府側に求めることとしては、グローバルな水準に合わせたルールづくりを挙げられていました。できる限りグローバルな動向にキャッチアップするようなスピード感のあるルールづくりをお願いしたいといった意見や、個々の企業の自主的な取り組みだけではなかなか全体に広がらないこともあり、重要なテーマに関しては何かしらの拘束力を持ったルールづくりも必要となるのでは、というお話をいただきました。



取り組みへの前向きな姿勢の源

インタビューを進める中では積極的な人権への取り組みや、外部の声を進んで取り入れようとする姿勢が印象的だったため、その源について伺いました。

まちづくりを中心に事業を展開し、まちに関わる人々が幸せになるような場所を追求する中で、様々な分野の外部の声を聞く文化が根付いているのではないかとお話いただきました。企業風土、企業文化として世の中にポジティブな影響を与える責任があるという意識が会社全体としてあるように感じるとのことでした。

 

今後の展望

最後に「ビジネスと人権」の取り組みに関する今後の展望について教えていただきました。
「ビジネスと人権」の観点でも目標としては常に最先端の取り組みをしていきたいとお話いただきました。しかし、こうした取り組みは多くのステークホルダーの理解を得ながら進めていくものなので、各ステークホルダーの意見をいただきつつ、進めていきたいとのことでした。
着実に取り組みを進める中で、日本だけではなく世界からも評価いただけるような立ち位置を目指していきたいという意気込みもお話されていました。

 

編集後記

企業のチャレンジを促す風土が「ビジネスと人権」への取り組みにも良い影響を与え、世界での新しい動向に対する前向きな姿勢が印象的でした。
また、デベロッパーの事業の中心であるまちづくりはまちとそこに暮らす人々を幸せにする仕事でもあると言います。「人権」という言葉でなくとも、「多様な価値観が認められる場」のように、人の尊厳について意識する機会が多く、人権と非常に親和性が高い領域なのではないかと感じました。
業界によっても「ビジネスと人権」の取り組みの進めやすさは異なるかと思います。取り組みを進めやすい業界の積極的な歩みにより、他業界にも良い影響が伝わることが期待できると感じました。

 

(文責:土方薫)

【第2弾】ビジネスと人権プロジェクトインタビュー企画 「私たちこうやって『ビジネスと人権』に取り組んでいます」

企業の「ビジネスと人権」の取り組みについて現場の声を伝え、多様なステークホルダーがどのような課題を抱えているのかを共有し、ビジネスと人権の取り組みを促進することを目的としたビジネスと人権インタビュー企画第2弾。

味の素株式会社サステナビリティ推進部の中尾さんにインタビューさせていただきました。2005年のCSR部の立ち上げに参画して以来、2017年からは人権専任として取り組まれている中尾さん。これまでの「ビジネスと人権」に取り組む中で感じてきたことをお話いただきました。

 

なお、本インタビュー企画は、多様なステークホルダーの活動促進のきっかけ作りとして、各企業のビジネスと人権にかかる取り組みを紹介させて頂くものですが、インタビュー実施以上の事実調査は行っておらず、その取り組みの具体的内容すべてを当団体として保障・賛同するものではございません。

 

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ビジネスと人権に関する取り組みを始めたきっかけを教えてください。

きっかけはやはり指導原則です。国の集まりである国連の中で本来メンバーではない企業に対して人権に関する取り組みを求めるメッセージが出され、ビジネスサイドも受け止めてやっていかなくてはいけない時代が来るのだろうと感じました。

グローバル競争に人権の要素が入ってくることが予測されたので、2012年ごろ、まずグローバル企業がどのような動きをしているのか調べ始めました。

その取り組みを追い、競争力が低下しないように、彼らが何に、そしてどのレベルまで取り組まなければいけないのかに注視していかなければならないと思ったのがもともとの始まりです。



現在「ビジネスと人権」に関してどのような取り組みをされているのでしょうか。

4年前の事業全体の人権リスク評価に基づくタイのビジネスでの潜在的な人権リスクの評価に続き、ブラジルの人権リスク評価を始めていました。

しかしデスク上での事前調査を終え、現地調査に入ろうとしていたところ、コロナウイルスが蔓延し1年間は動けない状態が続いていました。

リモートに切り替えることとなり、昨年末に調査を行ないました。政府機関やNGO、企業、労働者、農場関係などサプライチェーンに関わる色々なステークホルダーの方々にリモートでのインタビュー調査を行ない、現在まとめを行なっています。*

また、近年急激に人権に関する環境が変わってきているので、4年前の調査からの変化を踏まえて事業全体のリスク評価の見直しも行なっています。

国ごとにリスクが高まったところと、改善されたところが明らかになったため、優先順位の付け直しも行い、来年度に向けた取り組みの計画に反映していこうと考えています。

また、具体的に色々なリスクが見えてきた時に、サプライチェーン管理をどのようにあるべき姿に持っていけるのかを考え、現場のレベルでのオペレーションやその管理体制についても取り組んでいます。

*2022年3月時点



企業の側から情報をキャッチしていくというのは大変だと思うのですが。

CSR部門の役割というのは、企業の社会・環境に対する「センサー機能」だと思っています。

世の中の変化や、企業に対して求められていることを早く掴み、それを社内に取り込んで各担当部門に伝え、対応を求めなければいけません。

例えば今調達部門に、サプライヤー管理をこのようにやってくださいと依頼するために、様々な外部の情報を集めています。国連、日本政府、他国、競合他社の動きに関する情報を収集し、自社の位置を明らかにして彼らを動かしたり、経営に対して人権の優先順位をあげてもらうというのがCSR部門の仕事だと思っています。



サプライヤーとのコミュニケーションに関してはどのような難しさがあるのでしょうか。

現在、調達部門が窓口となっていますが、その仕組みをどうするかも検討課題だと思います。

調達部門だけで取り組む場合、どうしても優先順位が下がってしまったり、専門的なアドバイスができなかったりします。また、価格の交渉をする調達部門の立場から人権問題に関する取り組みのお願いを言い出しにくいところもあり、十分な取り組みができなくなってしまう可能性もあります。

そのため調達先の社会監査は別部隊がやった方いいのではないか。あるいは社内の労働人権周りについて取り組む組織がサプライヤーに対するアドバイスもできるようなコミュニケーションを行なっていくべきではないかなど考えることもあります。

調達部門に全てを任せるのもなかなか難しいので、様々な企業のやり方なども参考にしながら検討しているところです。



他社やNGOに求めることは何でしょうか。

対社会の問題の場合には個別の企業での取り組みでは簡単に変わらないところがあると、タイの人権デュー・ディリジェンス(人権DD)をやってわかりました。

そういった際には様々なアクターが一緒になって取り組まなければ、根本的な改善につながりません。

タイの水産業や鶏肉産業の場合、輸出ができなくなれば自分たちのビジネスがなくなってしまうという危機意識から取り組みが進んだのは事実だと思います。更に、様々なプレイヤーが一緒になり、相互に自分たちのリソースを持ち寄りながら1+1が2にも3にも4にもなった形で大きな改善がなされたことも大きな要因だと思っています。

それを日本でもやりたいなと思い、いろんなところに働きかけてはいますが、なかなか理解は得られません。

直面するリスクのレベルが違いすぎるという点もありますし、担当者レベルでわかっていても担当者の社内での影響力によっては会社を動かすことが難しいということもあり、足並みが揃いません。誰かが引っ張っていくしかありませんが、人権はまだセンシティブでなるべく社内で波風立てたくないと思われているところもあるのではないかと思います。



人権に関する取り組みへのコミットメントが少ない状況を変えるためにはどこに働きかければ良いとお考えですか。

人権方針を作成してホームページで掲載するということは比較的取り組みやすいと思います。

しかし、人権DDはハードルが高く感じられているかもしれません。人権DDと監査の違いが十分に理解されておらず、説明をしても監査を受けるイメージと重なって抵抗感を持っている方もいるような気がしています。

また、人権に対して怖いイメージを持ってしまっている人もいると思います。それをどのように払拭するかは難しいところです。

しかし近年海外から人権に関する様々な情報が入り、メディアでも人権に関して取り上げられる機会が増えてきているので、転換点なのではないかと感じています。各省庁をはじめ日本政府も動き始めている様子があるので、この流れを上手に使っていくことが重要だと思います。



編集後記

企業における人権への取り組みに長く取り組まれてきた中尾様の話を通して感じたことは、「ビジネスと人権」について部門、組織を超えて多くの人が問題意識を共有することの大切さでした。そのために、人権について学び、様々な人や部門、組織の全てが繋がるような「仕掛けを作るように」少しずつ働きかけている様子を感じました。

 

一方で、「人権」に対するネガティブなイメージが根強く存在しているという課題もあると実感しました。それは人権に関する知識、理解不足からくるものでもあると思います。

 

個々人が人権に対する理解を深めるためにも、また人権に関する取り組みを進めるべく人々に働きかけるためにも、最新の情報を常に学び続けることが大切なのだと感じました。これはまさにインタビューの言葉の中にもあった「センサー機能」を持つということではないでしょうか。

今の世界の動き、隣の動き、それだけではなく人権についてなぜ取り組むのか、この世界の動きはどのような意味を持つのかなどを問い直すことが一人一人に求められているのではないかと思います。

 

【イベント報告】3/7ビジネスと人権ダイアローグ第5弾「デジタル時代のAI倫理」

ヒューマンライツ・ナウ(HRN)は2022年3月7日(月) に、ビジネスと人権ダイアローグ第5弾「デジタル時代のAI倫理」を開催いたしました。
 


当イベントでは、経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 情報政策企画調整官の泉 卓也氏、NEC日本電気株式会社) AI・アナリティクス事業部 事業部長代理 兼 データサイエンス研究所研究員の本橋 洋介氏、日本国・カリフォルニア州弁護士の長島 匡克氏をゲストスピーカーとしてお迎えし、ビジネスと人権とAI倫理の関連性についての基礎的な点から、国内外の法律の動きや、企業の実際の取り組みなどを議論しました。

 

 

 

泉卓也氏「AIガバナンスの観点からの話題提供」

泉卓也氏からは 「AIガバナンスの観点からの話題提供」というテーマで、AIの開発/活用に対しどのように規制をかけるべきかの論点を提示いただきました。
現在日本では「アジャイル(迅速な)なガバナンス」方法が選択されていることを示されました。これは、市場に完全に任せてしまう「規制緩和型」と、広範にわたって規制を強くかける「予防原則(規制強化)」型のいいところ取りを目指した方法であると言えます。

また、マルチ・ステークホルダーによる(企業、コミュニティ・個人の各主体が一同に参加)AIガバナンスの議論は、ガバナンス・イノベーション報告書※1)が提示するフレームワークに基づいた層構造(下記画像)を用いることで円滑に進めることができると述べました。

 

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※1:governance innovation: Society5.0の実現に向けた法とアーキテクチャのリ・デザイン報告書

 

長島匡克氏「ビジネスと人権の枠組みからのAI倫理」

長島匡克氏は弁護士の立場から、「ビジネスと人権」の枠組み、AI倫理についてお話しくださいました。

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AI倫理は人権を一つの考慮要素にしている点を強調されました。AIを開発したり利用したりする際は、人権デュー・ディリジェンスの観点を含めた人権への負の影響について特定・対処・公開する必要があることについても触れています。
また、AIガバナンスを行う際には、法律・ソフトローの規制対応だけではなく、人権を中心に据えた思考のガバナンス/イノベーションガバナンス(※2)が必要だとお話しくださいました。

 

本橋 洋介氏「AIの品質管理(倫理を含む)に関する実践」

本橋 洋介氏はメーカーの視点から「AIの品質管理(倫理を含む)に関する実践」というテーマで、AIや生体認証が生み出す人権リスクを低減するためのNECの取り組みを説明してくださいました。

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具体的には、AIと人権に関するポリシーやガイドラインを策定し、AIを企画・設計、開発、導入、運用する各段階で、人権に対するリスクチェックや対策を実施しているとのことです。またポリシーやガイドラインの内容は継続的に改善しているそうです。

 

本イベントに参加したことで得られたもの

ここからはイベントに出席した筆者の考えなどをまとめています。

 

AIとは悪いものなのか? 

昨今、AIは取り扱いが難しく、人間に悪影響をもたらすといった考えに焦点が当てられる傾向があると思います。しかし、今回のイベントに登壇された3名は、一貫して「AI技術、それ自身は生活に役に立つものである」という視点を大切にされていました。
 
また、イベントの中で出てきた以下のフレーズが印象的でした。

「AIはいわば包丁やナイフと同じものです。包丁やナイフも価値中立ですが、使い方によっては人を傷つけてしまいます。」 

このフレーズが示すように、悪いAIが存在するというよりは、AI自体は価値中立である。そして使い手次第で善悪が分かれることに留意するべきだと感じます。
 
同様に、以下のフレーズも印象的でした。

「AIが包丁やナイフと異なる点は、不利益が目に見えにいということです。」 

包丁の場合目に見えやすい傷をつけますが、AIの場合は目に見えにくい傷をつけます。
 
またAIの場合は、たとえ不利益な結果であったとしても、AIが結論づけた結果だから合理的であると、人が無意識な偏見から判断してしまう可能性を孕んでいます。
 
(自分の考えと反する情報は見落としがちである「確証バイアス」、自動化された判断を過信してしまう「自動化バイアス」、そして無意識の偏見が含まれてしまう「アンコンシアスバイアス」がかかることが原因です(長島氏コメント)。)
 
AI自身には善悪はないこと、しかし、悪意がないAIの開発者や使い手がAIを用いて人権問題を生じさせてしまう可能性があること、そして、AIがもたらす人権問題は人に気づかれにくいということに留意しなければなりません。

 

AIと人権に関わる負の影響

以前、HRNのSNSにおいてもAI技術に関わる人権問題について投稿しているので、是非参考にご覧ください。

 
 
 
 
 
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■偏見や差別にもとづいたサービスの提供

例えば、AI技術に関わる人権問題に関して、偏見や差別にもとづいたサービスが提供されてしまう問題があります。過去のSNS投稿でも強調している通り、AIが差別的であるというよりも、社会に存在する無意識の偏見が知らず知らずのうちにAIに反映されてしまうことが問題になっています。
 登壇者によると、これはAIを開発する際に、共通項を取り出して異常値を排除する傾向があることにも起因するとのことでした。つまり、AIを開発、利活用する際に、社会の大多数(マジョリティ)の共通項がベースとなったサービスが提供されてしまう可能性があるといえます。このことから、社会に存在する少数派(マイノリティ)の権利を保証する方法を考えなくてはなりません。

 

ケンブリッジアナリティカ事件

実際に、AIによるデータ分析が、民主主義の結果を左右したのではないのかと言われている事件もあります。ケンブリッジ・アナリティカ社は、選挙のコンサルティング会社です。2016年のイギリスの国民投票EU離脱アメリカ合衆国でのトランプが当選した大統領の選挙の際に、ケンブリッジ・アナリティカ社が違法に収集した有権者の個人データが使われ、選挙結果が操られたのではと言われています。
 
この事件についてフォーカスしたドキュメンタリーが制作されており、動画配信サービスのNetflixで公開されています。

以上の2つのケースからも、AIそのものは価値中立であるものの、AIが人間の無意識な差別意識を映し出したり、技術が正しく活用されなかったりすることがわかります。故に、AI技術がどのように企画・設計、開発、導入、運用されているのか、私たちは注意を払う必要があるのではないでしょうか。
 
またAIを効果的にガバナンスする方法も今後の焦点になると感じました。イベントの情報をもとに私が調べた内容を共有します。

 

AIをどのようにガバナンスするか?

AI技術のような技術革新に対して、どのようにガバナンスの構造を構築するかは、日本だけではなく、世界各国が抱える課題といえます。例えば、EUにおいては、ETHICS GUIDELINES FOR TRUSTWORTHYといったガイドラインが発行されています。
 
日本においては現在、法的拘束力があるハードローを用いた規制ではなく、法的拘束力のない分野横断的なガイドラインを用いた規制が取られています。この規制方法は合理的だと思います。
 
AIの技術革新のように変化が速く、画期的なイノベーションの必要性が高まっている現代においては、事前にルールを設定することにより、社会のスピードや複雑さに法が追い付けない問題が生じてしまう可能性があるからです。
 
また、イベントでも触れられましたが、日本は「間違いのない形で立法や法改正をおこなうという意識が強いためか、どうしても(法)改正に時間がかかりがち」だそうです。
総合的に判断し、「技術革新に法が追いつかない!」という弊害が生じることを防ぐため、日本ではガイドラインを用いたゴールベースの規制が基本的な方針として取られています。 

 

「人間中心のAI社会原則」 

上で説明したように日本はゴールベースの規制方式をとっています。そのゴールとして設定されているのが、「人間中心のAI社会原則」 (平成31年(2019年)3月決定)です。原文は以下からダウンロードできます。
 

  1. 人間中心の原則
  2. 教育・リテラシーの原則
  3. プライバシー確保の原則
  4. セキュリティ確保の原則
  5. 公正競争確保の原則
  6. 公平性、説明責任及び透明性の原則
  7. イノベーションの原則

が定められています。

 

マルチステークホルダーによる「アジャイル・ガバナンス」のモデル

このゴールを具体的な言葉で参照できるように、経済産業省ガイドラインを作成しています。
 
そのうちの1つが、経済産業省「Society5.0における新たなガバナンスモデル検討会」から2020年7月にだされた報告書、「GOVERNANCE INNOVATION:Society5.0の実現に向けた法とアーキテクチャのリ・デザイン」です。この報告書では、ゴールベースの法規制や、企業による説明責任の重視、インセンティブを重視したエンフォースメントなど、横断的かつマルチステークホルダーによる(企業、コミュニティ・個人の各主体も参加する)ガバナンスの在り方が描かれています。
 
2021年7月にも「GOVERNANCE INNOVATION Ver.2: アジャイル・ガバナンスのデザインと実装に向けて」報告書がとりまとめられています。ここでは、産・官・学共同で、政策ツールを作成することの重要性が述べられています。企業のガバナンスの適正性を監視するのは、政府だけでなく、多くのステークホルダーもガバナンスの担い手であり、そのエンパワメントのための方策も本報告書の中で検討されています。
 
最後に「AI 原則実践のためのガバナンス・ガイドライン Ver. 1.1」を紹介します。
本イベントでは、泉氏がAI システム開発者・運用者がとるべき「行動目標」としてこのガイドラインで示された枠組みを紹介してくださいました。企業やその影響を受けるコミュニティ・個人などのマルチ・ステークホルダーが、この「行動目標」が示すステップに沿って行動することで、継続的に政府が主導するAIの「アジャイル・ガバナンス」に関与できます。

 

AI システム開発者・運用者がとるべき「行動目標」のサイクル

以下の要素で構成されています

 

1「環境・リスク分析」:現状の理解、インパクト分析

1.1. AI システムがもたらしうる正負のインパクトを理解する

1.2.  AI システムの開発や運用に関する社会的受容を理解する

1.3. 自社の AI 習熟度を理解する

 

2「ゴール設定」

2.1. AI ガバナンス・ゴールの設定を検討する

 

3「システムデザイン」(AI マネジメントシステムの構築)

3.1. AI ガバナンス・ゴールからの乖離の評価と乖離への対応を必須プロセスとする

3.2.  AI マネジメントシステムを担う人材のリテラシーを向上させる

3.3.  適切な情報共有等の事業者間・部門間の協力により AI マネジメントを強化する

3.4. インシデントの予防と早期対応により利用者のインシデント関連の負担を軽減する

 

4「運 用」

4.1. AI マネジメントシステムの運用状況について説明可能な状態を確保する

4.2. 個々の AI システムの運用状況について説明可能な状態を確保する

4.3. AI ガバナンスの実践状況を非財務情報に位置づけて積極的な開示を検討する

 

5「評価」

5.1. AI マネジメントシステムが適切に機能しているかを検証する

5.2. 社外ステークホルダーから意見を求めることを検討する

5.3. 社外ステークホルダーから意見を求めることを検討する

 

6 環境・リスクの再分析

行動目標1-1から1-3を適時に再実施する

 

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AI 原則実践のためのガバナンス・ガイドライン Ver. 1.1 P8より借用

 

メーカーの事例

今回のイベントで登壇いただいた本橋さんの話からは、NECがこの日本政府がガイドライン上で示しているプロセスに沿って、ゴール設定、リスク分析のサイクルを回していることがわかりました。
AI、ICT分野という開発スピードが非常に早い分野では、上で述べたように政府だけでなく企業やコミュニティ・個人もガバナンスの担い手として動かなければなりません。NECが取り組まれている責任ある企業活動は他の企業も参考にできるのではないでしょうか。
 
(参考)

 

人権デュー・ディリジェンスの考え方が大切

前述の「AI 原則実践のためのガバナンス・ガイドライン Ver. 1.1」で述べられている、AI システム開発者・運用者がとるべき「行動目標」(アジャイル・ガバナンス)は、「国連ビジネスと人権に関する指導原則」、またそれを元に改訂された「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンスガイダンス」で定められている人権デュー・ディリジェンスの実施ステップと重なる部分があります。現状の把握から、人権方針の策定、人権に対する負の影響の特定、その予防、軽減、そしてユーザーの人権に影響が生じた場合の救済、一連の取り組みの情報開示を求めているデュー・ディリジェンスの実施は、AI システム開発者・運用者にとっても重要な観点となると感じます。

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責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンスガイダンス」より借用

 

人権デュー・ディリジェンスのプロセスも、現状の把握から、人権方針の策定、人権に対する負の影響の特定、その予防、軽減、そしてユーザーの人権に影響が生じた場合の救済、一連の取り組みの情報開示を求めています。このサイクルを回して、改善を続けていくプロセスが、AI システム開発者・運用者がとるべき「行動目標」のステップと似ていると思いました。

 

おわりに

包丁やナイフの例に限らず、これまでに人間はたくさんの便利な技術を生み出し、それを利用して誰もが生活をしやすい社会を作る努力をしてきています。それらと同様、AI技術やICT技術も、人を中心に据えて倫理的に正しい(=人権に負の影響をもたらさない)開発、使用方法を守る努力をしていくべきだと思います。その際に、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」で定められている人権デュー・ディリジェンスの考え方が役に立つと思います。
今後もヒューマンライツ・ナウは、ビジネスと人権に関するダイアローグの開催、調査報告や政策提言を続けてまいります。ぜひこれからもご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。
 
(文責:羽星有紗

【イベント報告】4月16日(土)ウェビナー「~これでいいのか法制審~刑法性犯罪規定改正の現状を問う」第2回目:性交同意年齢

ヒューマンライツ・ナウ(HRN)は2022年4月16日(土)にウェビナー「〜これでいいのか法制審〜刑法性犯罪規定改正の現状を問う 第2回目:性交同意年齢」を開催いたしました。

 

 

本ウェビナーは、4月9日(土)開催の第1回目ウェビナーに続く、刑法性犯罪規定改正の現状に関するウェビナーの第2回目になります。前回に引き続き、HRN女性の権利プロジェクトチームの中山純子弁護士が、性犯罪刑事法検討会で被害の実態に即した刑法改正がなされるかについて、緊急に問題提起をしました。

 

第1回目ウェビナーの報告については、こちらご覧ください。

 

 

PART Ⅰ 性交同意年齢の改正案について

はじめに、法制審議会の概要について簡単に説明しました。詳しくは、3/9イベント報告法務省HPをご覧ください。

現在、法制審議会では、諮問第117号について議論がなされています。諮問第117号には主に10個の論点があり、全論点について1巡目の審議が終わっています。

 

今回は、論点の一つである「いわゆる性交同意年齢の引き上げ」について取り上げました。

 

条文案

はじめに、「いわゆる性交同意年齢の引き上げ」の改正案が紹介されました。

現在、法制審議会では以下の3つの条文案が提案されています。

 

表1

A案

B案

C案

16歳未満の者に対し、性交等をした者は、5年以上の有期懲役に処するものとする。

(1案)

16歳未満の者に対し、性交等をした者は、5年以上の有期懲役に処するものとし、13歳以上16歳未満の者に対し、性交等をした場合のうち、一定の場合については、処罰から除外する。


(2案)

16歳未満の者に対し、性交等をした者(13歳以上16歳未満に対してした者については一定の場合に限る。)は、5年以上の有期懲役に処するものとする。

14歳未満の者に対し、性交等をした者は、5年以上の有期懲役に処するものとする。

 

なお、B案における「一定の場合」の例としては、以下が提案されています。

  1. 相手方の脆弱性や行為者との対等性の有無 
  2. 相手方と行為者の年齢差
  3. 行為者の年齢

 

性交同意年齢を引き上げるにあたっての課題

主な課題

次に、法制審議会において性交同意年齢引き上げのどのような点が課題とみられているのかを説明しました。

 

法制審議会の議事録などによると、「現行法からの引き上げの実態的・論理的根拠」に関して盛んに議論がされているとのことです。

 

実際に引き上げの根拠として挙げられているのが、以下の2つです。

 

  • 判断能力の未熟な青少年の保護・青少年の健全育成
  • 13歳以上の者であっても、脆弱性・未熟性を有していて、その脆弱性・未熟性に付け込まれることからの保護

 

1つ目の「判断能力の未熟な青少年の保護・青少年の健全育成」は、青少年は性行為を行うことについて長期的な不利益に対する理解が十分でなく、同意のための十分な判断能力がないため保護が必要であることを意味します。

 

2つ目の「13歳以上の者であっても、脆弱性・未熟性を有していて、その脆弱性・未熟性に付け込まれることからの保護」は、現行法の保護が及ばない13歳以上の者であっても、判断能力が一定程度欠けることがあるため保護が必要である、という考えを意味しています。対象年齢を引き上げたうえで除外規定(B案)を設ける場合、行為者が誰であっても対象者(性交同意年齢未満の者)の未熟な判断能力、脆弱性・未熟性に保護が必要なのは変わらないため、除外規定を設けることと対象年齢を引き上げることの論理的な整合性が必要である、と考えられているようです。

 

16歳未満に引き上げる場合、除外規定が必要な理由

続いて、16歳未満に引き上げる場合の除外規定が検討されている理由について説明しました。

 

刑法により14歳以上は刑事責任能力に達した者として扱われます。この場合、刑事責任能力のある16歳未満の者同士、例えば14歳と15歳の性的接触(176条も含む、例:キス)について、犯罪にあたるとして全件家庭裁判所に送致するのか、といった疑問が生じます。

 

これに対する積極的な意見としては、

  • 中学生同士の性的接触は背後に家庭環境の問題が潜む場合がある
  • 加害的な場合は早期に介入して治療や支援につなげる必要がある

 →家庭裁判所が介入して手当をすべきである

が挙げられています。

 

消極的な意見としては、

  • 家庭環境のみならず、恋人関係・何らかの理由から相手を真摯に求める場合についても犯罪を構成して良いのか
  • 14,15歳の者が強制性交等をした場合の故意や責任能力に影響を与えるのでは

 →被害者になった場合は、年齢一律で判断能力はないが、加害者の場合は、 悪い人だから判断能力は十分です、ということになり説明不十分である

といった意見があります。これらの理由から、除外規定を設ける場合には、引き上げる根拠との整合性が必要になると考えられます。

 

引き上げに際しての整合性がとれない場合

次に、仮に性交同意年齢を引き上げるにあたって整合性がとれないとなった場合、全体でどのような方向性で進んでいくのか、について説明しました。

 

まず「判断能力の未熟な青少年の保護・青少年の健全育成」を理由に性交同意年齢を引き上げ除外規定との整合性がとれない場合については、刑法ではなく児童福祉法の領域に任せるべきという意見がありました。

 

しかし、児童福祉法では、児童に淫行させる行為のみが処罰対象であり、刑罰として10年以下の懲役・300万円以下の罰金となっています。また、青少年保護条例においても、みだらな性交又は性交類似行為に限定されており、刑罰は2年以下の懲役・100万円以下の罰金とされています。中山は、児童福祉法の領域に任せるという結論で、十分な児童の保護ができるのか疑問が残ると主張しました。

 

次に「13歳以上の者であっても、脆弱性・未熟性を有していて、その脆弱性・未熟性に付け込まれることからの保護」を根拠に性交同意年齢を引き上げる場合です。この場合、付け込まれる場合を類型化して規定しようという意見が出されており、地位関係性利用等罪の部分で足りるという意見があります。

 

しかし、前回ウェビナーでも指摘したとおり、中山は地位関係性利用等罪は177条・178条のA-2案に内包されてしまうので、必要ないと結論づけられることに対して中山は懸念を示しました。*1このとき、仮に性交同意年齢が現状の13歳未満を維持もしくは14歳未満までの引き上げに留まる場合、地位関係性利用等罪は177条・178条に包摂され不要と判断され得ることになります。現在、多数の方が支持している177条・178条A-2案の条文は以下のようになります。

 

「次の事由その他の事由により、拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じて、性交等をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処するものとする。」

 

中山はこのA-2案が採用された場合、「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難である」という要件は、現在の暴行・脅迫という要件と大差はないのではないのか、十分な児童の保護に繋がるのか、といった疑問があると主張しました。

 

また、内閣府平成23年の調査によると、異性から無理やり性交された被害にあった時期として、中学生から19歳の時期は全体の四分の一を占めています。加えて、法務省の令和2年3月の調査によると、平成30年4月1日から平成31年3月31日の期間に第一審で有罪判決が言い渡された172件のうち、18歳未満の児童が被害者であった事件は全体の61.6%、13歳以上18歳未満は51.1%を占めています。これらは決して少なくない割合です。

 

これらを踏まえて先ほどの条文案について考えると、C案が採用され177条・178条の改正だけに留まった場合、児童の保護は本当に十分と言えるのか、不安が残ると中山は主張しました。

 

177条暴行・脅迫要件、178条心神喪失・抗拒不能要件の改正案について

また、第一回目で説明のあった177条、178条の改正案について、再度説明しました。

 

現在、改正案として、以下の2つの案が挙げられています。

 

表2

 

A-1案

A-2案

個別事由

次の事由により、

次の事由その他の事由により、

包括要件

その他意思に反して、           

拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じて、

 

性交等をした者は、強制性交等の罪とし、

5年以上の有期懲役に処するものとする。

 

個別事由=包括要件

個別事由≧包括要件

 

A-1案は、個別事由と包括要件がイコールの関係になっており、「その他意思に反する」という要件を正面から規定するものです。一方、A-2案は、個別事由に加え、「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であること」を充足してはじめて強制性交等罪になるものです。

 

個別事由の例としては、以下の8つが挙げられています。

 

 ①暴行・脅迫 ②心身の障害 ③睡眠、アルコール・薬物の影響

 ④不意打ち ⑤継続的な虐待 ⑥恐怖・驚愕・困惑 ⑦重大な不利益の憂慮

 ⑧偽計・欺瞞による誤信

 

中山は、13歳未満を対象とする現行法の維持や14歳未満への改正に留まった場合、これらの事由だけで十分に児童が保護されるかは分からないと言います。児童が徐々に被害に取り込まれていくなかで必ずしも暴行などが伴うわけではなく、また、児童が被害を自覚していないこともあり得るからです。

 

また、中山は、長期的な展望をもって児童が性的同意を行うことは実際非常に難しいと強調しました。例えば、中学生が性行為によって感染症を罹患した場合、自分自身で病院に行ってお金を払い治療を受けることは相当難しいと考えられます。性行為にはこのような長期的な影響も付随するため、「ただ性的に触れ合うことだけの同意では足りず、性交同意年齢が13歳未満や14歳未満に留まることは非常に危ういことである」と中山は主張しました。

 

PARTⅡ 検討会・法制審議会の現状について

第二部では、検討会・法制審議会の現状について、中山と女性の権利プロジェクトチームメンバー・司会の後藤弘子教授が、質疑応答と簡単なディスカッションを行いました。

 

法制審議会での子どもの捉え方

はじめに、法制審議会における子どもという存在の捉え方について話がありました。

 

中山は、法制審議会における子どもの捉え方について、子どもを大人と同じように合理的な判断ができると考えてしまっている問題があると指摘します。子どもからみた一歳差と大人からみた一歳差が大きく異なるといった事実からも、より現実に即した検討をするには自分自身が中学生だった時のことを考えるなど、より子ども自身の視点に立つことが必要であると言います。また、検討会や法制審議会では、過去の経験に関する大人へのヒアリングはあるものの、実際の子どもの声を届けられることがない現状もあります。

 

加えて、除外規定のところで説明したように、「中学生同士の自由な恋愛を処罰するのか・それらをどのように除外するのか」に論点が寄っている印象もあると示しました。中山と後藤は、「この論点についても議論が必要ですが、それだけではなくそもそもの児童の保護にもより注目する必要があるのでは」と主張します。

 

グルーミングや誘引行為について

また、グルーミング罪についてどのような位置づけで議論されているのか、後藤から質問がありました。法務省「性犯罪に関する刑事法検討会」の報告書によると、グルーミングとは、「手なずけの意味であり、具体的には、子供に接近し て信頼を得て、その罪悪感や羞恥心を利用するなどして関係性をコントロールする行為」を意味します。

 

中山によると、グルーミング罪に関するたたき台は次回の法制審議会で出るとのことですが、現状はオンラインを利用したグルーミングが主眼になっていると言います。性交同意年齢に関する議論のなかでは、「子どもの方から誘うことだってある」という意見も出ており、これに対して中山は「一見同意に見えても、行為や同意の本質がしっかりと共有されていないなら同意ではない」と指摘します。

 

また、誘うという行為の捉え方について、後藤も出会い系サイト規制法を例にあげて説明しました。20年ほど前から、出会い系サイト規制法では、児童が誘引行為をした場合も犯罪とみなされ、大人と同じ刑事処分は受けないが、家庭裁判所に送致されるという仕組みになっています。このことからも、「誘う」という行為に関して同意の非対称性があること、すなわち一見同意しているように見えても十分な同意ではない可能性があり、誘う側に非があるとは限らないということが、なかなか理解されていない現状が伺えます。中山も、自分も好きなのではないかと児童に思いこませることで、性行為の時点で暴行・脅迫がなくとも騙して性行為がされる可能性があると主張します。法制審議会においても、グルーミングの悪質さについて、またその実際のプロセスについて、まだ理解が十分でないと考えられます。

 

条文案への姿勢について

また、後藤から「条文のA案について、法制審議会ではどのような印象がもたれているのか」質問しました。中山によると、A案はおよそ除外規定がないため、やはり中学生同士の場合はどうするのかといった意見が出てきており、A案に対して肯定的であるのは少数であるようです。

 

加えて、「現状C案が採用されそうなのか」という質問が参加者からありました。

中山によると、刑事責任能力と性的同意年齢を同列にする必要はないこと、海外でもそのようにはなっていないことは法制審議会でも確認されているとのことです。しかし、C案なのか、せめてB案なのかといったところは、次の第6回の議事録を参照したいとのことです。後藤も、刑法違反で刑罰を科すか科さないかと、被害を受けた児童をどう保護するかは全く別の問題であり、同じように考えることには合理性がないと主張しました。

 

参加者からの質問

続いて、参加者からの個別の質問への応答が行われました。

 

Q.

児童福祉法の領域に任せるという意見についてどのように考えるか。

 

A.

中山:児童福祉法に任せることで、十分なのかという問題だと思います。そもそも法定刑が違い、児童福祉法で処罰される行為はかなり絞られています。それは直接・間接問わず児童に事実上の影響力を及ぼし淫行を成すことを助長・促進される行為だと定められていて、グルーミングのような場面はこれに当たらないとされ、児童福祉法で処罰できない可能性が高いです。そのため、児童福祉法に任せるだけでは十分とは言えないと考えられます。

 

後藤:処罰に加えて、実際はネグレクトのような被害がないと、児童福祉法でも介入が難しい状況にあります。被害を刑罰として考えるのか、児童福祉法に任せるのかが論点になっていると思いますが、やはり性行為を被害とせず自己決定の結果だと認識する傾向が未だ強くあり、大きな問題だと考えています。

 

Q.

B-1案とB-2案にはどのような違いがあるのか。

 

A.

中山:除外規定を本文に書くのか、かっこ書きにするのかという違いだと思うのですが、まだ議事録が出ていないため完全には分かりません。

 

後藤:ここは立法技術の問題で、条文を考える際、他の刑法の条文とのバランスをよく考えます。現状の感触としては、規定の内容というより、このような立法技術の意味合いが強いと認識しています。どちらがより分かりやすいか、バランスが良いか、という問題です。

 

中山:私も、立法技術の問題であり、実質的な内容の違いではないように認識しています。

 

Q.

 性交同意年齢を16歳に引き上げるA案の採用が現状厳しいとのことだが、海外では17歳などさらに引き上げるような流れもある。なぜ日本では、ここまで性交同意年齢引き上げへの抵抗が強いと思うか。

 

A.

中山:中学生以上の子達が自分から性的接触を求める能力があると思われていることが問題だと思います。もちろん、中学生が興味・関心を抱いていて何も強制がない中で適切に関係を築くことはありますが、大人と子どもといった圧倒的不均衡な関係性のなかでそれを純粋な恋愛と捉えるのは不適当であると考えます。

 

よく当事者の方からも恋愛の話はしていません、という声が出ますが、対等な恋愛についての話ではなく対等性がないところで性的接触を深めることの話であるということです。このような性的接触が将来の長期的な心身への影響を及ぼし将来働くことも外に出ることも難しくなることがある、ということを踏まえると、中学生の性的関心の結果だから問題ない、という結論では済みません。また、中学生がこのような長期的な不利益を理解して力関係のある人間との性行為を拒否することの難しさを、もっと理解する必要があると思います。

 

後藤:やはり、性犯罪被害者の実態が理解されていないことが原因だと思います。権力性・対等でない関係性がここでは問題だと思いますが、どうしても中学生同士のことに論点が集まってしまっている現状があります。性犯罪被害の実態を踏まえると、少なくともB案が本来あるべき流れだと思っています。

 

また、仮に中学生同士の適切な恋愛があると認めるならば、小学校から性教育をきちんと行い性的主体として子どもを育てることも同時に行わなければならないと思います。現在、命の安全教育が一部で試験的に行われていますが、全ての学校で強制的に行う必要があると思います。

 

Q.

 現在、刑法以外の部分でも子どもの保護に関する動きが色々あるが、刑法改正への影響があまりないように思われる。このことについて法制審議会の議事録などを踏まえて、どう思うか。(後藤より)

 

A.

中山:法制審議会においては、他の法改正などの動きはあまり言及されておらず、引き上げと除外規定の根拠に関する抽象的な議論が主であると感じます。もちろん法改正において論理性をもたせることは大事ですが、実態から離れて論理を立てても、実際に社会の人々のためにはなりません。したがって、現状の問題を踏まえて法的にどう対応するか、その過程でどう論理性をもたせるかが大事だと考えます。

 

後藤:そのために被害者の方なども議論に入っているのですが、やはりそこの考え方がなかなか浸透していないように思われますよね。

 

Q.

仮にA案を採用する場合、中学生同士がお互いに真摯に求める場合であっても該当してしまうという話があるが、その点についてどう考えるか。

 

A.

中山:子どもの権利委員会で実際に児童相談所で関わっている方のお話を聴いていると、性交同意年齢が13歳である現行法の下であっても、小学生同士の性的接触は既に起こっているそうです。今回の引き上げで新たに問題として生じているわけではありません。そして、実際に問題があるとして保護者が警察のところに行った際は、それぞれの話を聴いて適切な恋愛関係にあると分かったらその場で適切に指導する、ということが今でも行われています。

 

そのため、子どもの権利委員会で被害児童の側で活動されている先生からは、全ての場合で児童相談所が介入し、家庭裁判所に送るということは今も行われていないため、A案を採用した場合も、現場の運用に関しては問題ないという意見です。この話は実際に議事でも挙がっているが、やはり論理的に全部当てはめて良いのかがネックになっているようです。

 

後藤:例えば、15歳同士のケースで事件として扱われることになっても、少年事件なので家庭裁判所に送致されます。逮捕され身柄を拘束されることはないです。そうすると、一定の手続きは進むが、将来に決定的な影響があるわけではないですし、実際家庭裁判所に送致されている少年少女は皆さんが思うより多くいます。むしろ自分の行為を見直す機会であり、教育のような意味があります。これを踏まえて、やはり実態を把握し被害者をどのようにサポートしていくのかではなく、論理的な部分だけが注目されているのは悲しく思います。

 

Q.

16歳未満の者が16歳未満へグルーミングを行った場合についてどう考えるか。また、年齢が下の者から上の者へのグルーミング罪についてもどう考えるか。

 

A.

後藤:グルーミング罪は加害者が成人であることを前提として議論されています。なので、加害者が18歳未満であれば、少なくとも法制審議会で議論されているグルーミング罪には該当しないということになると思います。

 

中山:年齢が下の者から上の者へのケースについては、法制審議会では特に考えられていないと思います。

 

後藤:グルーミングとは手なずけることであり、基本的に圧倒的な権力をもつ者がそれを利用して行うことであるので、権力の弱い者がより強い者を手なずけるというのは、グルーミングの定義には当たらないと思います。例えば、女性の側から誘う場合もそうですが、誘うというのは類型的に脆弱な立場の人が行うことでもあるので、そこを問題にするのは刑法としてはあってはいけないように思います。グルーミングというのは、あくまでも成人が未成年者に対して行うこととして、法制審議会では議論されていると思います。

 

終わりに

閉会の挨拶

本ウェビナーの最後には、登壇者の中山と後藤から閉会の挨拶が述べられました。

 

中山からは、今回の刑法改正にかける思いが語られました。中山は、仮に今回の改正が14歳未満までに留まり177条の改正だけになるならば、全国でたくさんの方が被害について声をあげて頑張ってきた意味がなく、半歩程度しか進まなかったことになると話しました。また、被害の実態を適切に捉えてきちんと子どもを救っていける刑法になってほしい、そのために皆で声をあげて法制審議会にアピールしていくことが必要であると強調しました。

 

後藤からも、被害者の実態に応じた刑法改正の必要性が訴えられました。また、このように2回にわたるウェビナーを開催した理由として、刑法改正に社会の注目があまり集まっていない現状があったことを示し、ウェビナーを通して少しでも皆様に問題提起ができれば幸いだと話しました。

 

参加者からの質問を受けて、性暴力に関連した女性の権利プロジェクトチームの取り組みについても説明しました。後藤からは、デジタル性暴力に関する提言書を既に出しており、各国の現状をまとめたデジタル性暴力についての報告書も現在準備していること、AV出演強要問題についても2017年3月に報告書が出ていること、またHRN副理事長の伊藤和子を中心に現在進行形でロビイング活動を行っていることなどの説明がありました。

 

今後のイベントについては未定ですが、引き続き精力的に活動を続けていく意志表明とともにウェビナーが締めくくられました。

 

最後に

本イベントにご参加いただいた皆様、誠にありがとうございました。

私たちヒューマンライツ・ナウは、引き続き女性の権利に関するイベントの開催、調査報告や政策提言を続けてまいります。ぜひこれからもご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。




(文・大谷理化)

 

*1:前回のウェビナーの報告ブログは、こちらからご覧ください。

【イベント報告】4月9日(土)ウェビナー「~これでいいのか法制審~刑法性犯罪規定改正の現状を問う」第1回目:刑法177条と178条

ヒューマンライツ・ナウ(HRN)は2022年4月9日(土)にウェビナー「〜これでいいのか法制審〜刑法性犯罪規定改正の現状を問う 第1回目:刑法177条と178条」を開催いたしました。

本イベントでは、HRN女性の権利プロジェクトチームの中山純子弁護士が、性犯罪刑事法検討会で被害の実態に即した刑法改正がなされるかについて、緊急に問題提起をしました。

 

PART I 中山純子 「刑法性犯罪規定改正の現状を問う①」

まず、法制審議会の概要が紹介されました。詳しくは、3/9のイベントブログ法務省のHPをご覧ください。法制審議会では、諮問第117号について議論がなされています。

第1〜5回の会議で全10個の論点について1巡目の議論が終わり、3月29日の第6回会議でこれからの議論のたたき台が示されました。

 

本イベントでは、今回の法制審議会で検討された論点のうち、以下の二つの論点の条文案について解説しました。

論点1:刑法177条暴行・脅迫要件、178条心身喪失・抗拒不能要件の改正

論点3:地位関係性利用等罪の新設

 

論点1について

条文案

刑法177条暴行・脅迫要件、178条心身喪失・抗拒不能要件の改正の条文案としてA-1案、A-2案、B案がたたき台として示されています。ここではA-1案、A-2案について説明しました。

 

表1

 

A-1案

A-2案

個別事由

次の事由により

次の事由その他の事由により

包括要件

その他意思に反して、性交等をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処するものとする。

拒絶する意思を形成・表明・実現することが 困難であることに乗じて、

性交等をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処するものとする。

 

個別事由=包括要件

個別事由≧包括要件

 

個別事由として挙げられた例は以下の通りです。

① 暴行・脅迫

② 心身の障害

③ 睡眠、アルコール・薬物の影響

④ 不意打ち 

⑤ 継続的な虐待

⑥ 恐怖・驚愕・困惑

⑦ 重大な不利益の憂慮 

⑧ 偽計・欺罔による誤信

 

A-1案とA-2案の違いは、A-1案は個別事由と包括要件が並列である(個別事由=包括要件)一方、A-2案は個別自由に該当したとしても包括要件に当てはまらない限り性交等罪にならない(個別事由≧包括要件)という構造になっていることです。つまり、A-2案では、包括要件で個別要件に縛りをかけているように見えると中山はいいます。

 

  • 現行の刑法との比較

刑法177条前段

13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する

 

暴行の程度について条文に明記されてはいませんが、最高裁昭和24年5月10日判決により、「相手方の抗拒を著しく困難ならしめる程度のもの」であるとされています。

 

これは、以下のように4段階に暴行の種類が分けられているなかで、一番狭義のものが強制性交等罪に相当するとされています

 

表2

人又は物に対する不法な有形力の行使

 

人の身体に対する直接的又は間接的な不法な有形力の行使

 

人の身体に対する直接的な不法な有形力の行使

人の身体に対し、かつ、その反抗を抑圧するに足りる程度の不法な有形力の行使

以上のことから、刑法改正によって現在の刑法の概念からどれほど変わるのだろうかということに、中山は疑問を呈しました。

 

事例説明

 

現在の刑法で無罪になった事例について、刑法改正後はどのような扱いになるのかについて中山は解説しました。

(※具体的な事例の描写を含むのでご注意ください。)

 

事例1 広島高判 昭和53年11月20日(無罪)

A:180cm男性  V:152cm女性(38歳)

関係性:知人

時間:夜間

場所:人気のない場所の車内

概要:

  • AがVを車内で口説く Vは帰りたいと表明
  • AがVの肩に手をかけて引き寄せ、運転席台に倒して覆い被さり、乳房を吸う
  • Vは、泣き出し「やめてくれ」
  • Aは、Vのスラックス、下着を下ろして①性交

判断

  • 不同意は認められた。
    • Vは抵抗しようとはしなかったものの、困惑しながらある程度拒みがたい状況下においてなされたということが認められたため。

  • しかし、抵抗が著しく困難な暴行とはいえないため無罪
    • 有形力の行使は、合意性交でも伴う。AはVが苦しいと言うと少し休憩を取り、ドアに頭がつかえて痛いと言うと体をずらしてやり、平穏に性交しようとしているかの発言もあったため。

 

事例2 大阪地判 平成20年6月27日(無罪)

A:男性(24歳)  V:女性(14歳) 

関係性:前日初対面

時間:夜9時ころ

場所:神社横路上の車内

概要:

  • 午後8時ころに待ち合わせをしてドライブし付き合うことに承諾。車内でキスをした。これは被害者もいやではなかったといっている
  • Aが胸をもむと、Vは「今日はやめとかへん」「早過ぎひん。」と言いAの肩を押した
  • Aは「いいんじゃない」等言ってやめず
  • A、Vの足を開いて下着に手を入れ陰部を触る 
  • V「今日はやめとかへん」
  • A「入れるまではせえへん」などと言い、続ける
  • V、Aの肩・腕・手を抑えたり、足を閉じたりした
  • A、Vが足を閉じているにもかかわらず、Vのズボンとパンツを脱がせ、再び足を開かせ覆い被さって性交

判断 

  • 不同意は認められた
    • Vがやめておこうという趣旨の発言をしているため
  • 足を開かせる行為・覆い被さる行為は反抗を著しく困難にする暴行ではない
  • Aに故意はなかったとした
    •  Vは、拒否の態度を示しつつも、最終的には大きな抵抗もないことから、AはVが消極的ながら性交を受け入れていたと誤信した疑いもあるから

 

事例3 東京高判 平成26年9月19日(破棄無罪)

A:男性(25歳)  V:女性(15歳) 

関係性:初対面 事件前AはVに酒を飲ませていた

時間:夜8時30分ころ

場所:小学校の校庭

概要:

  • Aは、Vをコンクリートブロックに押し付けて胸を直接触
  • 背中を押して上半身を少し曲げる体勢にし、ズボンとパンツを足首辺りまで下ろし背後から性交
  • Vは「やめて」と言い、自分のズボンを押さえ、Aの手をつかんだりしていた 

判断

  • Vは、任意に性交に応じたのではない(なされるがままに性交に至った)ことは認められた
  • AがVに行なったことは、時間、場所、年齢、体格、飲酒の影響等を考慮しても、抵抗を著しく困難にする程度ではないとした
    • 肩を押してブロックに押し付けた以外は、通常の性交に伴うような行為にとどまり、抵抗を排除するような暴行脅迫はなく、体勢からするとVが足をばたつかせるなどしさえすれば、性交を容易に防ぐことができただろうから
  • Aには故意がなかったとした
    • 性交の際、Aが強い暴行脅迫を加えていないのに、強い抵抗を示していないのだから、その対応ぶりから、合意したと考えて行為に及んだ可能性も否定できないから

 

中山は、検討会でも法制審議会でも繰り返し確認されている以下の2点を共有しました。

①性犯罪の処罰規定の本質は被害者が同意していないにもかかわらず性的行為を行うことにある

②包括要件は被害者に抵抗を要求するのは明らかに不適切であるので、そのような文言にならないようにしなければならない

 

続いて、「性的同意とは何か」について解説しました。

性的同意の成立には以下の4つが必要だと確認されているといいます。

①強制力がないこと

②能力や年齢差などによる非対等な関係性がないこと

③意識不明や混乱によって判断能力が弱まっている、あるいは、失われている状態ではないこと

④一つの行為への同意は、他の行為への同意を意味しない

 

そして、性暴力は決してセックスの延長線上にあるものではないことを理解する必要があると中山氏は強調しました。

性暴力とセックスを分けるものは同意の有無であり、二つは決して交わらない平行線上にあるということを理解しなければならないと主張しました。

 

以上の前提を認識しつつ、現状のたたき台を見ると、A-2案では「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じて」を暴行のプラスアルファの要件に加えることになっているが、それは被害者が同意していないにもかかわらず行われる性的行為を処罰することができる構成要件になっていないではないかと強く懸念を示しました。

 

論点3について

地位関係性利用等罪(親族、後見人、教師、指導者、雇用者、上司、施設職員

等、被害者に対する権力関係にある者がその地位を利用して性暴力を行う事案)*1のたたき台としては、以下の2点が想定されているといいます。

1. 一定の年齢未満のものや障害を有するものが被害者の場合

2. 1以外の場合が被害者の場合

 

一定の年齢未満のものや障害を有するものが被害者の場合の条文案

まず、一定の年齢未満のものや障害を有するものが被害者の場合の条文案3つ( A-1案、A-2案、B案)について説明しました。

 

表3

 

A-1案 

A-2案 

B案

一定の年齢未満のものに対して

18歳未満の者に対し、一定の地位・関係性を有する

〔例えば教師、ス ポーツの指導者、祖父母、おじ・おば、兄弟姉妹等〕であることによる影響力があることに乗じて

性交等をした者は、5年以上の有期懲役に処するも のとする。

18歳未満の者に対し、一定の地位・関係性を有する者が、これを利用して重大な不利益の憂慮をさせることにより、

拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じて、

性交等をしたときは、5年以上の有期懲役に処するものとする。





一定の地位・関係性を有する者〔例えば学校の教師、スポーツの指導者、障害者施設の職員等〕が、


教育・保護等をしている者に対し、地位・関係性を利用して性交等をしたときは、●●●に処するものとする。



障害を有するものに対して

心身の障害を有する者に対し、一定の地位・関係性を有する者〔例えば障害者施設職員等〕であることによる影響力があることに乗じて、

性交等をした者は、5年以上の有期懲役に処するものとする。

心身の障害を有する者に対し、一定の地位・関係性を有する者が、障害により拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じて、 

性交等をしたときは、5年以上の有期懲役に処するものとする。 

 

  • 現行の刑法との比較

刑法第179条第2項 監護者性交等罪

18歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて性交等をした者は、第177条の例による

 

 中山は、まず一定年齢未満のものに関して、A-1案は現在の監護者性交等罪と同じ構成になっており、現行法の要件の拡張であるとしました。教師、スポーツの指導者、祖父母、おじ・おば、兄弟姉妹など、被害者に対する権力をもつ者(地位関係性にあるもの)が性交等をしたら、同意は関係なく処罰するということです。

 一方、A-2案は、A-1案とは全く違う構成になっていると主張します。A-2案では地位関係性にあるだけでなく、加えて“これを利用して重大な不利益の憂慮をさせ”て性交等をする場合のみ処罰するということです。

 

 同じく、障害を有するものに対しても、A-1案とA-2案では構成が違います。A-1案は現在の監護者性交等罪と同じ構成になっており、現行法の要件の拡張であるとしました。障害者施設職員など被害者に対して権力を持つもの(地位関係性にあるもの)が性交等をした場合、同意は関係なく処罰するということです。

 一方、A-2案では、地位関係性にあるだけでなく、加えて”拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じ”て性交等をした場合のみ処罰するということです。

 障害を有するものに対する性交等について、議論の中で考慮されているのが、障害を持つ方々の性的な行為をする自由や決定権です。たとえばA-2案であれば、”一定の地位関係性を有するもの”とするときの”地位”を限定する必要があるという意見があります。また、A-2案であれば、”障害により拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じて”という包括要件があるので、”一定の地位・関係性を有する者”というときの”地位”の限定は緩やかになるだろうと中山は言及しました。

 

 さらに、177条・178条のA-2案と地位関係性利用等罪のA-2案とを比較する(下の表)と、異なる点は、地位関係性利用等罪には”18才未満の者に対して”と年齢の条件があるという点です。中山は、177条・178条A-2案に地位関係性利用等罪のA-2案が内包されてしまうので、後者が必要でないと結論付けられることに対して懸念を示しました。

 

表4

177・178条のA-2案

次の事由その他の事由により、拒絶する意思を形成・表明・実現することが 困難であることに乗じて性交等をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処するものとする。

【例示列挙の例:重大な不利益の憂慮

地位関係性利用等罪のA-2案

18歳未満の者に対し、一定の地位・関係性を有する者が、これを利用して重大な不利益の憂慮をさせることにより、拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じて性交等をしたときは、5年以上の有期懲役に処するものとする

 

  • B案

一定の地位・関係性を有する者〔例えば学校の教師、スポーツの指導者、障害者施設の職員等〕が、教育・保護等をしている者に対し、地位・関係性を利用して性交等をしたときは、●●●に処するものとする。

 そのほかに、B案として、A案とは全く異なる案が出されています。この案では、職権濫用して性交等をした=地位の濫用と捉えて、被害者が同意していても、教師など(一定の地位関係性があるもの)が、生徒など(保護しているもの)に対して性的行為等を行なった場合は処罰されます。”●●●に処するものとする。”として法定刑が示されていないため、法定刑をA案にあるような5年以上の有期懲役という刑罰から下げる議論が予想できるといいます。

 

1(一定の年齢未満のものや障害を有するもの)以外のものが被害者の場合の条文案

”一定の年齢未満のものや障害を有するもの”以外のものが被害者である場合についても1の条文案と同じ構造で、A案とB案が出されています。条文案は以下の通りです。この場合も1(一定の年齢未満のものや障害を有するもの)と同じように(1の場合は表4を参照)、A案は177条・178条A-2案に含まれてしまうため、地位関係性利用等罪の新設が必要ないという議論につながるのではないかと中山は懸念を示しました。

 

表5

A案

B案

一定の地位・関係性を有する者が、

これを利用して重大な不利益の憂慮をさせることにより、拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じて、

性交等をしたときは、5年以上の有期懲役に処するものとする。

一定の地位・関係性を有する者〔例えば職場の上司等〕が、特定の相手方〔例えば部下等〕に対し、

地位・関係性を利用して性交等をしたときは、

●●●に 処するものとする

 

事例説明

続いて、現在の刑法で無罪になった事例について中山は解説しました。

(※具体的な事例の描写を含むのでご注意ください。)

 

事例 福岡高宮崎支判 平成26年12月11日 無罪 (最決平成28年1月14日上告棄却)

A:少年ゴルフ教室主催の指導者(56歳) V:生徒(18歳)

関係性:Vが中学3年生の時から、生徒と指導者

時間:午後2時30分ころ

場所:ラブホテルの部屋内

概要:

  • 高校生の頃からはほぼ毎日指導を受ける Vはプロゴルファーが目標
  • A、Vに「こういうところに来たことあるか」「こういう所で性行為の体験をしたことはないんじゃないか」「お前はメンタルが弱いから」「俺とエッチをしたらお前のゴルフは変わる」
  • V、身体を後ろに引くようにして「いやあ」「いやいや」という
  • A、Vをベッドに連れていき、押し倒して寝かせ、その上に乗る
  • Aがキスしようとしたら、Vは顔を横に向け口をつぐんで拒絶
  • A、Vの顔を両手で挟んで強引に元に戻し、キスをして舌を入れた
  • A、Vの胸を触り、着衣を脱がせ、性器を触り、横に寝て自らの性器を触らせ、再びVの上に乗って性交

判断 

  • 不承不承(ふしょうぶしょう)であれ性交に応じてもよいという心情にあったことをうかがわせる事情はないので不同意であることを裁判所は認定した
  • 抵抗したりすることが著しく困難であったことは明らかであるので抗拒不能状態であったことを認められたが、故意の否定により、判決は無罪であった
    • あくまでの被害者の(少なくとも消極的な)同意を取り付けつつ、性交に持ち込もうとしていた可能性が否定できないから
    • 被告人は心理学上の専門的知見は何ら有しておらず、かえって女性の心理や性犯罪被害者を含むいわゆる弱者の心情を理解する能力や共感性に乏しく、むしろ無神経の部類に入ると認定された
    • Vから具体的な拒絶の意思表明がなく異常な挙動もない状況で、抵抗できない状態になっているため抵抗することができない事態に陥っていると認識していたと認めるには合理的疑いが残るとして、Aの故意が否定された

 

このような事例に対して中山は一体消極的な同意とは何なのか、そして、非対等な地位にかこつける者や、性的同意に無関心・無理解な者を罪に問えていない現状を強く非難しました。

PART II 質疑応答

イベントの後半には、中山氏と司会の後藤弘子氏による質疑応答が行われました。参加者の方々から興味深いご質問をお寄せいただき、議論も大変意義のあるものとなりました。

 

はじめに現在の法制審議会のなかで作成された「たたき台」が被害者の実態に沿っていないのではということへの問題提起として今回のウェビナーを開催したと後藤はいいました。

 

Q.

A-2案は拒絶困難な程度に達しない場合が不安なのだろうか?

A.

現行法とは違うということを示そうとしているはずだが、どうしてこの文言が使われるかわからないです。

 

Q.

なぜ被害者がいやだというだけで犯罪成立に持っていけないのか。捜査段階で2人の関係、物証、日時を確認すればいいのではないか?

A.

後藤:私たちも被害者の訴えがあれば罰されるべきであると思います。それを前提として、日時の確定は実務では大変困難です。

中山:そもそも日時を確定しなければならないということが被害者の実態に即していないと考えます。被害は繰り返し行われるものでもあり、人の記憶で最も曖昧なものは日時であるということもあります。ましてや性的行為などトラウマティックなものは忘れていこうとするという記憶の構造やトラウマの理解が適切になされていないと思います。

 

Q.

被害に遭うときは呆然として体が固まってしまうのになぜ抵抗が必要とされるのでしょうか?その被害の実情をわかっていただけないのでしょうか?

A.

中山:法制審議会のなかにもメンバーとして精神科医の方や当事者の支援グループのかたが参加していて、被害に遭うときは呆然として体が固まってしまうということは議論の中で徐々に理解はされています。(3/9のイベントブログを参照)しかし、条文にそれが落とし込まれて一般に周知されないと意味がないです。

後藤:今回の改正については構成要件を明確にし、

  • 加害者へのメッセージになる
  • 裁判官の判断がブレないようにする

という二つを目的にHRNも声を挙げていますが、この質問のようなことが残る可能性はあるとおもいます。

 

Q.

地位関係性について、A-2案にすれば漏れはないのでしょうか?

A.

中山:監護者性交等罪は監護者と被監護者の間に同意は到底認められないという趣旨であるので、監護者性交等罪を拡張するA-2案では、性交等に同意があるか否かは問題になっていかないはずです。

後藤:一定の地位関係性を有しないと判断されると漏れる可能性はあると考えます。しかし、少なくとも大人であれば権力関係があり、そこに教師などの権力があれば地位関係性を有しないとはならないと思います。むしろ、たとえば担任である教師とそうでない教師で影響力に差があるというようにみなされるなど、”地位関係性に乗じた影響力がある”とみなされない場合を懸念しています。

中山:法制審では関係性に濃淡があるので、「地位関係性があれば有罪」とするのは問題だと議論されています。そこでA-2で構成要件を厳しくした案が示されていると思われます。

後藤:私は関係性に濃淡があっても、一定のポジションについていれば薄い関係性であっても圧倒的な力関係であると理解したほうがいいのではないと考えます。量刑で関係性の濃淡について考慮すればいいのではないでしょうか。現在の法制審議会での議論のように、構成要件で濃淡に言及する意味はあるのでしょうか?

中山:障害を持っている方が積極的に働きかけて性的関係に至る場合でも施設職員が罰されるので、障害を有する方の意思を国家が制限することがあってはならないという発想だと思われます。

後藤:なるほど。障害のある方々に関してはそうですが、18歳未満に関しては、教員による児童生徒性暴力防止法*2が4月から施行されました。濃淡にかかわらず教師の生徒に対する性暴力は懲戒事由になることが他の法律で明確に決められてるのだから、そちらと一貫性を持たせる必要があるのではないかと考えます。

 

Q.

セクハラ罪について説明がなかったが、法制審議会ではどのようなことを考えているのか?類型的脆弱性があるという理解がされていないと思われます。また、利益に誘導するのと不利益の憂慮は表裏一体なのだから、このA案の条文は実態から外れているとも言えると思います。

A

後藤:B案であれば関係性自体を利用しているとして広い処罰の策定になるように思えます。

中山:B案は画期的だと思います。法定刑を下げるのは疑問があるが、それでも画期的です。類型的脆弱性がないということがいわれているのでBが最後まで残るのか気になる。

後藤:類型的脆弱性が理解されないのはなぜか理解に苦しみます。権力、パワーとコントロールを持っているひとたちがどれだけ影響力と力を持っているかということを2014年から議論しているのにあまり理解されていない思います。

後藤:私たちが今回のイベントを開催したのは、私たちが求めていた法改正がなされないのではないかという強い懸念からです。 

AV出演強要問題やウクライナ問題によって注目度が薄れているのではと感じます。報道等を通じて皆さまに状況を知っていただきたいです。

中山:被害の実態に沿った法改正をするために、性的同意とは何なのかということに真摯に向き合って欲しいです。

終わりに

本イベントにご参加いただいた皆様、誠にありがとうございました。

法制審議会における刑法改正の議論については第2回目のイベントも4/16(土)に開催し、論点の一つである性交同意年齢について解説しました。そちらのブログも近々公開いたしますので、ぜひご一読ください。

HRNはこれからも被害の実態に即した刑法改正を目指して活動をしてまいります。ご支援の程、どうぞ宜しくお願いいたします。

 

(文:髙理柰)

 

【イベント報告】15周年記念イベント「危機を迎える世界。国境や世代を超えて何ができるのか」

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皆さまからの温かいご支援をいただき、この間、ヒューマンライツ・ナウは、国際人権基準を行動規範とし、国境を超えて世界、特に日本を含むアジアの最も深刻な人権侵害に取り組んで参りました。

これまでの活動で「女性の権利」や「ビジネスと人権」といった分野では一定の前進が見られる一方、今なお世界を見渡すと、根強くはびこる差別・分断の問題に加え、アジアでの権威主義の台頭、深刻化する気候変動問題、繰り返される武力紛争など深刻な人権侵害が広がっています。

そこでヒューマンライツ・ナウでは15周年を記念して、これまでの活動を振り返ると共に、国境や世代を超えて、みんなで人権が守られた平和な世界を実現するにはどうしたらよいかを考えるべく、イベントを開催しました!

第1部はヒューマンライツ・ナウ伊藤和子副理事より、ヒューマンライツ・ナウについて説明後、15年間の活動について話していただきました。

 

第1部 「6つのビジョンから見た15周年」

報告者:伊藤和子副理事

ヒューマンライツ・ナウとは


www.youtube.com

 

ヒューマンライツ・ナウは、日本を本拠とする日本で初めての国際人権NGOです。
世界人権宣言をはじめ国際的に確立された人権基準に基づいて、日本から国境を超えて人権侵害をなくすことを目標に活動をしてきました。

世界の人権団体やアジアの人権団体と関わりをもち、2012年は国連特別協議資格を取得して国連NGOになり、2021年にはニューヨークの事務所を法人化してきました。

できる限り最も深刻な人権侵害に駆けつけて、被害者の方に代わって声を上げること、得られた知識を元に国際社会や政府、企業に働きかけることで人権侵害をなくすため活動をしてきています。

■6つのビジョンから見た15周年

ヒューマンライツ・ナウにある6つのビジョンにおいて、この15年間どこまで活動が進んできたのか紹介しました。

戦争被害をなくす

ヒューマンライツ・ナウは戦争を最大の人権侵害として、これをなくしていくことを一つの優先に掲げてきました。戦争によって行われる人権侵害を調査することで、戦争犯罪の停止・処罰を求め、パレスチナイラクミャンマーウクライナ問題について取り組んでいます。また、さまざまな分野で核兵器禁止条約のキャンペーンに参加し、国際的なルールづくりにも関わってきました。しかし、現在発生しているウクライナ問題など、戦争がなかなか終わらない現状があります。

抑圧をなくす

団体の発足以来、アジア地域の人権活動家が抑圧される、民主主義がないという状況に対して働きかけを行ってきました。団体設立の翌年には、軍事独裁政権があったミャンマーで国境沿いにある政治犯の方々をサポートする団体に赴き、民主化をサポートする活動をスタートしています。

未来を育てる

未来を良いものにしたいと望むミャンマーの若者たちに対して、国際人権法や人権を教えるアカデミーを設立。特に少数民族の若者たちに、人権に関する活動を教えてきました。

2014年と2015年には民主化が進み、ミャンマー国内で人権意識醸成に関する活動を主導しました。しかし、ミャンマーでは民主化後も少数民族に対する軍の弾圧が続いていました。団体として、この弾圧に対して批判をしてきましたが、2021年のクーデターによって民主主義は危機的な状況にあります。これまで続いてきた活動は権威主義の揺り戻しに苦しんでいます。

搾取をなくす

グローバリゼーションのなかで、児童労働や強制労働などのビジネスによる搾取に苦しむ労働者がいます。団体としては、過酷な労働環境で製造された製品を私たちが使用している可能性があることに問題提起してきました。

ヒューマンライツ・ナウは、2013年に発生したラナプラザ事件の被害者を訪ねたことをきっかけに、自社だけではなくサプライチェーン上の人権侵害の問題も取り上げるようになりました。

2014年にはユニクロの中国の下請け工場での潜入調査を実施し、非常に深刻かつ過酷な労働環境があることを調査報告書にまとめました。他にもタイの食品産業や技能実習生の問題も含め、サプライチェーン上の人権侵害を調査、提言することで、企業、産業、社会に変化を生んできています。

紛争や抑圧と結びつくビジネス、気候変動を促進するビジネスに切り込んで、企業への働きかけを通じて世界や社会を変えていくことに注力しています。

差別をなくす

2014年に日本におけるヘイトスピーチの調査を実施し、解消法の成立に向けてさまざまな団体と取り組んできました。

引き続き、ウィシュマ・サンダマリさんの入管問題、Black Lives Matterやアメリカのアジアンヘイトなど、この分野での活動をより広げていく必要性を訴えていきます。

暴力をなくす

特に女性に対する暴力をなくす活動をしており、2016年にアダルトビデオの出演強要問題に関して、隠されていた人権侵害を明らかにする調査報告書を公表しています。

公表後、被害者の人たちが声を上げたことでこの問題は顕在化され、政府が対策に乗り出すことになりました。この瞬間も実効的な法改正を実現するためにキャンペーンを実施しています。

また、伊藤詩織さんと共に東京やニューヨークでイベントを行い、他の支援団体の皆さまと共に性犯罪規制の改正を求めるオンライン署名を行ったところ、10万筆以上の署名が集まりました。

そして現在、刑法性犯罪規定の改正に関する法制審議会の議論が佳境を迎えています。
少しずつ性暴力被害に関して、前に進めてきたのではないかと話していただきました。

 

■未来をどう育てていくか

貧しい人を生産に組み込んで搾取することで成り立っていたグローバル経済が限界を向かえており、地球のどこかで感染が広がれば、世界の経済や消費が打撃を受けて持続可能ではないことは、人権団体だけでなく経済界にも明らかになっています。
持続可能な社会を目指さないと、私たちの未来は危ないことが明確になりました。

  • 権威主義の台頭
  • 戦争
  • コロナ・気候変動など・持続可能性の課題

こうした課題に取り組むために、以下のアクションを考えています。

  • 国際法に基づき、抑圧や人権侵害、戦争に抗し、人権が保障されるように声を上げる
  • 抑圧体制に声が上げられない人たちに代わって声を上げる
  • 若い世代、女性、声を上げにくい人たちに寄り添って声を上げやすい社会、その声が実現される社会を一緒に作る
  • ヒューマンライツ・ナウに課された課題をみんなで担っていく。若い世代につなげていく

第2部 「若者世代から見た、この世界の人権と平和」

コーデネーター:津田大介氏(ヒューマンライツ・ナウアドバイザー)
発言者:ウィリアム・リー氏、小野りりあん氏、元山仁士郎氏、森百合香氏、山本和奈氏(五十音順)、坂口くり果氏(ビデオメッセージ)

 

第2部では、「若者世代から見た、この世界の人権と平和」をテーマに、若者世代の活動に焦点をあて、彼・彼女らからの視点から意見を伺いました。

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ビデオメッセージ 坂口くりか氏(第7回世界子どもの日映像スピーチコンテスト最優秀賞

現在留学中の為、時差の関係でイベントに参加することが難しくビデオメッセージで挨拶させていただきます。私は、小学4年生の時に、所属するNPO子どもの権利条約を知ってから、条約を母子手帳に載せる活動を始めました。

 

子どもの権利条約母子手帳に載せることで、子どもが生まれる前に条約を知り、暴力を振るわなくなるのではないかと考えました。こうした親から教育を受ければ、子ども自身にも権利があることを知り、周りの人々に伝えていくことができると思います。

 

小学6年生の時には、世田谷区の区長に直接子どもの権利条約母子手帳に掲載することを頼み、2019年度の4月から掲載が実現しました! 現在はこの活動を全国に広げていくために、たくさんの方の協力を得ながら厚生労働省に提言活動を行っています。

 

現在は外国に留学をしており、子どもに対する価値観の違いや子どもの権利条約の認知度の違いを感じています。日本を対象に活動をしていますが、いずれは世界に母子手帳子どもの権利条約を広げ、そして、子どもの権利条約を知っていて、守ることが当たり前の世界を作りたいと思っています!

 

若者世代から見る海外と日本の違い

ディスカッション参加者:

小野りりあん:世界中の人々がどのように気候変動に立ち向かっているのかを学ぶ旅を始める。2021年に友人と共に、気候変動に関する4日間のハンガーストライキを起こす。

山本和奈氏:一般社団法人Voice Up Japanの代表理事。その他には、モビリティー業界のイノベーションやスタートアップ支援の事業を行っている。

ウィリアム・リー氏:Stand with HK@JPNに所属。2019年6月から香港のデモが発生した際、日本から香港のデモを応援する活動を行い、現在は香港に関する情報を発信している。

元山仁士郎氏:2019年2月に辺野古の米軍基地建設のための、埋め立ての賛否を問う県民投票を実施。渋谷で香港のデモや沖縄でBlack Lives Matterの集会等を行っていた。

森百合花氏:HRN主催第一回子どもの権利スピーチコンテスト受賞者。

ピエ・リアン・アウン氏:日本在住のミャンマー人サッカー選手。

 

社会を変える意識はどのようにして醸成され、アクションまでいたるのか?

山本:(山本氏は現在チリ在住)チリでは1900年代に独裁者政権があり、その時代に生きてきた年配の人々は独裁者政権から離れようとする意識が強いです。また、チリには非常に大きな格差があり、2019年の歴史上最大のデモがきっかけで格差や社会問題に人々が関心を持つようになったと言われています。

 

格差の背景には独裁者政権時代に構築された憲法が、あまり変わっていないことが挙げられ、国民投票により憲法改正がされることになったそうです。

格差が目に見えている状況から、人々がこのままじゃいけない、声を上げないと前に戻ってしまうといった意識、独裁者政権の名残があることから、若者も上の世代も、社会を変えないといけないという気持ちが強いことが表れています。



小野:市民運動に関して海外と日本の違いはそうした運動のノウハウが受け継がれているか否かがあると思います。そもそも日本で60〜70年代に発生した学生運動市民運動をしていた人々に話を聞くと、運動の戦略や知識があまりない状態で取り組みをしていたと伺いました。そのなかで、戦略を立てて広角的に人が参加しやすいように市民運動を作り、みんなで育てていくことで日本の市民運動がより大きな効果が得られるのではないかと期待しています。

 

気候変動に関してイギリスでは、実は若者よりも大人が中心になっています。人々に影響を与えるようなデモをすることで、注目せざるを得ない状況を作ることでメッセージを発信していますね。日本では、まだまだそうしたアクションはないかなと思います。日本で今行動しなければならない必要性を、いかに国民に啓発できるかが重要だと思いますし、楽しくアクションを起こせるような工夫も必要です。

 

また、ロンドンでは運動を起こす時のトレーニングがあることに感心しました。運動を起こす時、さまざまなプレイヤーが必要になり、プレイヤーになってみたいと思った人が「どうしたらその役になれるのか」をきちんとトレーニングできる人が準備されています。運動のノウハウを伝授する方法が用意されているので、持続させていくことができるのではないでしょうか。

 

元山:2014年に自身で同世代の学生と共に運動をし始めた頃、インターネットでどういう風にデモをするのかを私も調べましたね。香港・台湾のデモやアメリカのデモも参考にしていたが、運動の仕組みを組織だって学べる場所は確かに見かけないです。口頭・口述で運動のやり方を伝えて継続させても、先細りになってしまうところがあるのかなと思いますね。

 

また、イギリスと日本とでは、おかしいと思ったことをどうやって他の人と共に声を届けるのか、問題を共有したらいいのかに対する行動が違いますよね。

 

ウィリアム:香港の最近のデモは、主導者がいない状況で自分がやりたい方向や体制で活動していく体制が多いです。2014年にようやく民主化に向けた大きな動きがありましたが、早い段階で終わってしまいました。その理由として、主導者が市民の望まない方向に運動を持っていってしまったからです。

 

誰かに従うことで間違った方向に行ってしまうのであれば、自分自身で考えて、自分自身が正しいと思う行動を取ることを香港のみなさんが考えだしました。結果として、2019年のデモでは200万人を動員できました。また、2020年7月頃のデモもあくまで香港人の各個人が主体的になって行動に移していました。

 

今の日本の若者世代だけではなく、一般社会的に個人が主体的になにか活動を立ち上げる動きが少ないのが少し残念ですね。なので、香港の例を鑑みて、日本の皆さんにも民主主義をうまく活用して自身の投票権や、自分の社会や自治体にある問題に関わっていただきたいと思っています。


ピエ:日本は生まれた時から自由な国で、私たちは戦って民主主義を獲得しようとしています。日本は政府批判もできますし、自身が思っていることを発言することができる。私たちの国は政府に反対する人は全て捕まり、政府を支持する人は保護される状況にあります。日本は、自由で民主的な国ですよね。

 

「このままではいけない」 切迫感をどう共有していくか。

最後に第二部の発表者の皆さまから「このままではいけないという切迫感をどう共有していくのか、今後どのように活動していくのか」についてそれぞれ一言いただきました。

 

小野:気候変動などはいますぐに行動しないと手遅れになってしまう。その切迫感を伝えるために、共に勉強や実践を起こす場所を作りたいです。

 

ウィリアム:まだまだ届いていない人権問題を知ってもらえるように、日本のローカルな面でも繋がりを持っていくことが大切。また情報を伝えるには言語の壁もあるので、日本語がわかる外国人にも、日本人と関わりを深めてもらえるよう努力していきます。

 

山本:声を上げることはやはり難しいけど、大切なのは連帯を示すこと。声をあげることだけにフォーカスするのではなく、自分ができる小さなことや、貢献できることを示していくことも重要なのだと、より多くの人に伝えていきたいです。

 

森:若者がデモに対してどのようなイメージを持っているか考えると、まだまだ当事者意識を持つ人は少ない気がします。日本でデモと聞くと、感情的な部分が原動力となって起こっているように見受けられがち。しかし、デモの仕方やトレーニングなどのノウハウを取り入れ、より知的に、論理的にデモを起こすことができたら良いなと思います。

 

元山:どのような発信をしたら届くのか、どんな価値観を大事にしていかなければならないのかを一緒に考えていきたいですね。また、アクションを起こす若者を利用しようと考える大人たちの価値観をアップデートし、若者一人ひとりの声に耳を傾けて欲しいと思います。

 

第3部 「世界の人権と平和のために私たちは何をすべきか」

コーデネーター:津田大介

発言者:阿古智子氏、小川隆太郎氏、佐藤暁子氏、鈴木賢氏、高橋済氏、雪田樹理氏(五十音順)

 

ディスカッション参加者:

佐藤暁子氏:ビジネスと人権プロジェクトリーダー

阿古智子氏:中国プロジェクトリーダー

雪田樹理:女性の権利プロジェクトリーダー

鈴木賢ヒューマンライツ・ナウアドバイザー

高橋済氏:HRN事務局次長

小川隆太郎氏:HRN事務局長

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ウクライナ侵攻を受け、私たちはどのようにコミットしていくべきか

小川:国連のアドボカシーの観点から、ウクライナ侵攻を受けて国連の機能不全が提起されるようになったという声はよく聞きます。しかし、国連が機能不全になっているとしても国連に代わる機関はないので、人権はやはり国際人権基準に基づいた定義のもと保護されるべきです。その大切さを、いま一度世代を超えて伝えていかなければいけないと感じています。

 

高橋ウクライナに限らず、今まで世界中から難民として逃げてくる方がいままでもたくさんいます。今回ウクライナの人を助けること事態は良いことだと考えていますが、ミャンマーアフガニスタン、シリア、イエメンに対してはどのような態度を取ってきたでしょうか。そのことを、振り返るきっかけにしなければならないですよね。「難民の選別は、命の選別」だと思います。いままで難民の選別をして、それを無関心に容認してきたことが私たちの社会の問題だと思います。

 

ウクライナの人々が命の危機に瀕していることから、自治体でも受け入れなどに関する活動があることは肯定的に見ているが、それが他の国籍の人に対しても「助けるべきだ」という意識が醸成するきっかけにできれば良いですね。

 

鈴木ウクライナ侵攻を見てわかることは、民主主義が機能していない権威主義国家だからこそ起きてしまったと思います。しかし、翻って日本の状況を見てもあまり楽観視はできないです。日本も権力に忖度したり、長い物には巻かれたり、権力を批判すること自体を避ける傾向にありますよね。

 

また、日本人のデモに対するネガティブな考え方は、デモさせないようにしているという意味では、権威主義国家的な色合いが非常に強い国ではないでしょうか。さらには、投票権があるにも関わらず半数以上が棄権しています。このような状況は、日本自体が権威主義国家化している危険を感じます。改めて、日本の民主主義の健全化が急務だと言えます。

 

雪田ウクライナの問題に限らず、戦時・紛争下では、女性や子どもに対する性暴力が、平時よりもさらに深刻な形で行われていることは、これまでの経験上明らかなことです。日本でも紛争下の性暴力ということについて、正しい認識を持っていない部分もあり、私たちの歴史にも繋がることです。今回のウクライナでの混乱を教訓にするのと同時に、紛争下で性暴力の被害に合っている人に、短期の支援ではなく長期的な視点で、なにができるのか、考えていくのかを個人的に思っています。

 

阿古:中国プロジェクトとしての視点でお話しをしますが、複雑な要素が絡み合ったなかでウクライナの問題が生じているので、中国ははっきりした姿勢を示すことができずにいます。そのなかで、日本は政治と経済を切り離し、経済を重視する対応をとってきましたが、(日中の国交において)この情勢下でまだそんなことを言えますか?と言わざるを得ないですよね。

 

中国は、ウイグルなどの民族を迫害する動きもありますし、一国二制度といった国際的な約束を無視するような形で国家安全維持法を作りました。そうした脅威が目の前で起こっているからこそ、日本がどういう国でありたいのか、どういった姿勢で中国と向き合いたいのか示し、その中でアジアの戦略や立ち位置を考えて、国際社会と協調していくことが大事だと考えています。

 

佐藤ウクライナ侵攻によって、日本企業は、制裁的意味合いでロシアからの撤退の意思表示をしました。しかし、ミャンマーにおける日本企業の撤退はかなり時間がかかりましたし、撤退の意味合いもかなり違うと思います。日本の企業が、ある国の権威主義体制に加担している事例は、まだまだたくさんあります。

 

侵攻を受けて浮き彫りになったのは、企業として民主主義へどう貢献し、一緒に取り組んでいくのかという視点がまだまだ弱いのではないでしょうか。

一人ひとりのアクションが、企業というものを民主主義の中でしっかりと意義のある活動していくアクターを育てることになると思っています。

 

日本の人権状況は進んでいるのか

最後に第三部の発表者の皆さまから「日本の人権状況は進んでいるのか、後退しているのか」「今後の展望」についてそれぞれ一言いただきました。

 

佐藤:今まで人権NGOと企業は対立関係に見られていた。

しかし、ビジネスと人権のテーマでは、最近ではさまざまな企業から呼びかけをいただいていることから、企業との対話を通じて、さらにその先の脆弱な人々の人権の保護の実現を目指していきます。

 

阿古:人権は普遍的に捉えるべきで、入管の問題やヘイトスピーチ、歴史問題など、ダブルスタンダードにならないように自分たちの足元をしっかり固めた上で、海外の人々とも繋がり、人権意識の醸成をヒューマンライツ・ナウのプラットフォームを活用して行っていきたいです。

 

雪田:女性の権利の分野でいうと人権状況は、少しずつだが着実にプラスに動いてきています。刑法改正に取り組んでいますが、5年前と比較すると、今の社会はかなり耳を傾けてくれます。今後、人権団体としてどのように考えを発信して、社会を変えていくような活動をするのかが大事になると考えています。

 

鈴木:LGBTの権利についてはほとんど進んでいないが、唯一救いとなるのが若い人の関心が非常に高いことですね。同性婚については、若い世代は圧倒的に指示しています。若者にとっては、なぜ同性愛者の婚姻を否定するのか意味が分からないという人が多い。こうした問題は世代間の対立であって、“おじさん政治”が変わればすぐに解決します。しかし、若者は選挙に行かないので手放しに楽観的になれないところもあります。LGBTの人権問題については、成果が出る直前のところまできているのではないかと思って期待しています。ウクライナの問題を通じて、日本に逃げてきている人々の裁判にも良い影響を与えるのではないかと期待しています。

 

高橋:難民政策に関しては、日本の現状は0点。救いなのは、入管法廃案運動で若い方々が声を上げてくださったということと、ウクライナ問題から社会に広く影響が及んだ場合は、変化が見られると思うことが期待しています。また、収容についても現状の制度や運用は0点です。人権外交というからには、改善が必須でしょう。入管に関しても、人権の面から誇れるような運用と制度を持って、世界に示していくようになって欲しいです。


小川:国連から定期的に日本の人権状況について審査を受けているが、そこで出されている勧告はずっと変わっていないんですよね。そういう意味では、そこまで変わっているとは言えないかもしれません。一方で日本国内の人権運動を見てみると、分野にもよるが前進しているのではないでしょうか。進んでいる分野はさらに推し進め、進んでいない分野は、進んでいる分野とうまく連携して引っ張っていきたいです。ヒューマンライツ・ナウとしては、人権状況を見える化して社会に示していきたいです。

 

おわりに

支援者のみなさまのお陰で、ヒューマンライツ・ナウは設立から15周年を迎えることができました。改めてこの場をお借りして、お礼を申し上げます。

また15周年を機に、ヒューマンライツ・ナウは事務局体制を刷新し、より人権状況の改善や人権意識醸成に取り組んで参ります。新しくなったヒューマンライツ・ナウをぜひ応援してください!事務局体制の刷新を機に、新たなマンスリーサポーターを募集します! 目標は20名です!

ぜひこの機会に、ヒューマンライツ・ナウとの長期的なお付き合いをご検討いただければ嬉しいです。

 

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