HRN通信 ~「今」知りたい、私たちの人権問題~

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刑法性犯罪規定の改正に向けて~①HRNは不同意性交等罪の創設を求めます~

  

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2017年6月に、110年ぶりに性犯罪に関する刑法規定が改正されてから今年で4年になります。

前回の改正時には強姦罪が強制性交等罪に改められ、被害者の性別を問わなくなり、膣性交のほか、肛門性交・口腔性交も処罰対象となり、刑の下限が3年から5年に引き上げられ、非親告罪*1となりました。また監護者性交等罪が創設され、18歳未満の者に対し、監護者であることの影響力に乗じて性交等を行なった者は、暴行・脅迫の有無を問わず、処罰されることとなりました。

 

2017年改正時、施行後3年を目途として、性犯罪における被害の実情、改正後の状況等を勘案し、性犯罪に係る事案の実態に即した対処を行うための施策の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとすると定められました。

 

ハリウッドから普及した#MeToo運動や、2019年3月から全国に拡がったフラワーデモにおいて、被害者が被害の実態について声をあげ始め、性暴力の実態に即した刑法の改正を求めてきました。

 

このような社会の声を受け、2020年6月に法務省に「性犯罪に関する刑事法検討会」が設置され、被害当事者が委員として初めて参加しました。

 

検討会は、2020年6月からひと月に1から2回の会議を開催し、積み残し課題について議論を重ね、2021年5月に取りまとめ報告書を発表しました。

 

ヒューマンライツ・ナウは2020年6月に「私たちが求める刑法性犯罪規定改正案(改訂)」を発表し、さらなる刑法改正の要望点を明らかにしました。また、2021年5月21日には、検討会の取りまとめ報告書を受けて「声明:被害の実態に沿った法改正という原点はどこへいったのか? 性犯罪に関する刑事法検討会の取りまとめにあたって」を発表しました。

 

検討会が終了し刑法改正の議論が節目を迎える今年、より多くの被害者を守れる社会の実現のために声をあげる必要があります。2021年秋の衆議院選挙後、検討会の報告書を受け、法制審議会が開かれる予定です。この法制審議会にも被害当事者や被害者支援者が参加し、刑法学者や法曹関係者に被害者の声を届け、被害実態に即した改正を実現していくことが重要です。2021年が変化の年となるように、という思いを込めて#2021tochangeのハッシュタグを作成しました。

 

 

 

刑法性犯罪規定の改正においてヒューマンライツ・ナウが求めていることの1つ、不同意性交等罪の創設について一緒に考えてみましょう。

 

 

  

 

 


 性的同意とは

性的同意とは、その相手と性的な行為をしたいと積極的に望む意思のことをいいます。セックスだけでなくキスなどのスキンシップを含む全ての性的な行為に関して、相手がその行為を望んでいるかをお互いに確認しあう必要があります。

 

性的同意には3つの大切なポイントがあります。

①性的同意を相手に強制しない

 行為の意味をきちんと理解していて、また意識がはっきりしている状態でなければ同意はできません。たとえば相手を脅したり、何度もしつこく言い寄ることによって相手の意思をコントロールしたり、お酒や薬物の影響で意識が正常でない人の性的同意を確認することはできません。

 

②自分と相手が対等な立場にある

 親と子ども、上司と部下、先生と生徒のように2人の間に上下関係が存在している場合、その力関係や今後の関係性を考えてしまい、性的行為に同意するか否かの意思表示をするのが難しい場合があります。

 

③意思は継続しない

 たとえば相手からキスをしてきたとしても、それは相手がセックスも望んでいるということではありません。一つ一つの行為に対して相手の意思を確認し、尊重することが重要です。また行為の途中でも相手の気持ちが変わる可能性は十分にあります。あのとき同意したから、さっきまで大丈夫だったから、もう相手の気持ちを確認しなくても良いだろう、ということにはなりません。その都度お互いに性的同意を確認しあう必要があります。


 法律はどうなっているの?

 日本では2017年に性犯罪に関する刑法が改正され、強姦罪は被害者の性別を問わなくなり、膣に陰茎を挿入する行為だけでなく、陰茎を膣に挿入させる行為と、肛門や口に陰茎を挿入する・させる行為も処罰対象とする強制性交等罪に改められました。

 

刑法177条には

13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下、性交等という。)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。

 

と書かれています。つまり、13歳未満の子どもを相手に性交等をした場合は暴行・脅迫の有無を問わず処罰対象となりますが、被害者が13歳以上だった場合、加害者からの暴行もしくは脅迫があったことが証明されなければ、犯罪として処罰できません。これを暴行・脅迫要件と呼んでいます。

 

実際に被害者が「いやだ」「やめて」と性交等に同意していないことを示していても、加害者からの暴行・脅迫が認められなかったために、性被害が犯罪として処罰されなかった事例がありました。現在の日本の法律における性犯罪規定の中核には加害者側の行為がありますが、被害者の同意の有無に着目した法制度が必要です。

 

検討会では「性犯罪の処罰規定の本質は、被害者が同意をしていないにも関わらず性的行為を行うことにある」と確認されました。そして、暴行・脅迫という手段のほかに、不同意を表している手段として、「威力、威迫、不意打ち、欺罔・偽計、驚愕、監禁」などの手段を追加して列挙することが提案されました。しかし、被害者が暴行や脅迫を受けたことが証明できなくても、被害者の同意がない性交等を処罰する不同意性交等罪を導入すべきとの結論には至っていません。

 

また刑法178条には

1. 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、176条の例による。

2. 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をしたものは、前条の例による。

 

 とあります。

これは、他人の意識を衰えさせたり、また意識がはっきりしていない状態を利用したり、他人が行為を拒否できないような状態を強制した上で性交等を行うのは犯罪であるとしています(=抗拒不能要件)。しかし実際には、そのときに意識が曖昧だったことや、なにをもって抵抗が難しい状況=抗拒不能であったとするのかの基準が明確ではないことから性被害が見逃されてしまうケースが多くあります。そのため、検討会ではこの条文を明確にする必要性について議論されました。

 

2020年にヒューマンライツ・ナウが発表した「私たちが求める刑法性犯罪規定改正案(改訂)」では、この条文に睡眠やアルコール、ドラッグ、病気、障がい、恐怖などの被害者の状態を列挙し、それらが原因で性的同意を示すことのできる状況ではない人たちに性交等をすることは全て犯罪として取り締まれるようにすることを提案しました。

 

検討会では、不同意を表すために列挙する手段や状態以外の場合でも、意思に反する性交を捕捉できるようにするため、列挙する手段や状態に加えて「その他意思に反する」という受け皿規定を設けるべきだという意見が述べられました。

ただ、「その他意思に反する」という文言だけでは不明確であるとして、この文言に加えて

①「抗拒・抵抗が著しく困難」

②「抗拒・根絶が困難」

といった規定にすべきとの意見もありました。しかし、被害者の抵抗を前提とする規定は、強姦神話*2に繋がる恐れがある上、被害の際に意思とは関係なく身体が動かなくなるような生物学的反応もあるため、被害実態を適切に反映した規定とは言えません。

 

 私たちが不同意性交等罪の創設を求めている理由

 日本国憲法13条は「すべて国民は、個人として尊重される」として、個人の尊厳を保障しています。私たちは、一人一人が性的尊厳を有し、誰と、いつ、どこで、どのように性的行為をするのか、しないのか、自ら決定する権利があります。

 

刑法の性犯罪規定は、性的自己決定権だけではなく、性的尊厳や心身の統合性を保護しているとの考えが検討会では示されました。だからこそ、性犯罪の処罰規定の本質は、被害者が同意をしていないにも関わらず性的行為を行うことにある、と確認されたのです。しかし現在の刑法は、被害者が同意していないことのみでは足りず、暴行・脅迫があったこと、被害者が抵抗困難であったことが犯罪の成立要件として要求されています。

 

たとえばドイツの刑法では

その者の認識可能な意思に反して、その者に対して性的行為をした

 

ことが犯罪とされています。これはNo Means No型の法制度とされ、被害者側が性的行為に同意しない意思を言葉や態度で示したのにも関わらず、行為を強制することを犯罪としています。また被害者に同意を強要したり、意思形成や表明が難しい状況を利用したり、被害者との上下関係を利用して性的行為をすることも犯罪とされます。ドイツの他にもイギリスやカナダ、アメリカのニューヨーク州で、性犯罪規定はNo Means Noが原則とされています。他にはYes Means Yes型の法制度があります。これは相手が拒否したのにも関わらず性的行為を強要した場合だけでなく、相手の性的同意を確認せずに性的行為をすることも犯罪であるとし、スウェーデンではこういった法整備がなされています。このように、同意のない性的行為を犯罪としたり、性的同意の確認義務を行為者に課したりする法制度が諸外国では採用されており、日本にもこのような国際基準に則した法制度が必要であると考えます。

 

日本でも2017年から広がった#MeToo運動やフラワーデモに象徴されるように、これまでの法律では泣き寝入りせざるを得なかった性被害の当事者たちが、被害者が守られる社会を求めて声をあげています。被害当事者が安心して被害を申告し、被害実態を踏まえて適正に処罰できる刑事法の改正が求められています。そして刑法改正の具体的な内容の一つとして不同意性交等罪を創設し、相手の同意のない性的行為は犯罪であることを刑法で明示し、性暴力を性犯罪として処罰する仕組みが必要です。

 

すでに日本社会では性的同意に関する議論が多く行われています。都内の大学などでは性的同意に関するハンドブックが配布されるなど、性的同意という言葉とその意味を知る人たちが増えてきています。

 

暴行・脅迫要件を撤廃して不同意性交等罪を創設し、同意のない性的行為は許されないという指針を国が主体的に示すことによって、より多くの人の性的尊厳・性的自己決定権が守られ、性被害に遭った人が泣き寝入りを強いられない社会の実現に近づくことができると考え、ヒューマンライツ・ナウは不同意性交等罪の創設を求めます。



【参考】

・一般社団法人ちゃぶ台返し女子アクション(2018)『セクシュアル・コンセント(性的同意)ハンドブック』

日本学術会議(2020)『提言「同意の有無」を中核に置く刑法改正に向けて -性暴力に対する国際人権基準の反映-』

ヒューマンライツ・ナウ(2018)『性犯罪に関する各国法制度調査報告書』

・刑法改正市民プロジェクト「【緊急署名】不同意性交等罪を作ってください!」

 

注1 非親告罪:被害者が示談に応じたとしても、加害者には刑罰が科される犯罪のこと。

注2 強姦神話:性暴力や性被害者に対する勘違い。たとえば、「被害者が抵抗しなかったのであれば、その行為には同意していたことになる」「性被害の当事者は、一生トラウマに苦しめられるはずだから幸せな人生は送れないだろう」などがある。

 

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【声明】被害の実態に沿った法改正という原点はどこへいったのか?性犯罪に関する刑事法検討会の取りまとめにあたって

 

刑法が改正されるかもしれない2021年、性犯罪被害の実態に沿った刑法改正の実現のためにもう一度声をあげる必要があります。今後も#2021tochange のタグをつけて、ヒューマンライツ・ナウが求める刑法改正のポイントをSNS・ブログにてご紹介します。

 

ヒューマンライツ・ナウの過去の活動はこちらからご覧いただけます。

【提言】私たちが求める刑法性犯罪規定改正案(改訂)

10か国調査 性犯罪に対する処罰 世界ではどうなっているの?〜誰もが踏みにじられない社会のために〜

 

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ヒューマンライツ・ナウは、日本発の国際人権NGOです。

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*1:非親告罪

*2:強姦神話