HRN通信 ~「今」知りたい、私たちの人権問題~

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【第2弾】ビジネスと人権プロジェクトインタビュー企画 「私たちこうやって『ビジネスと人権』に取り組んでいます」

企業の「ビジネスと人権」の取り組みについて現場の声を伝え、多様なステークホルダーがどのような課題を抱えているのかを共有し、ビジネスと人権の取り組みを促進することを目的としたビジネスと人権インタビュー企画第2弾。

味の素株式会社サステナビリティ推進部の中尾さんにインタビューさせていただきました。2005年のCSR部の立ち上げに参画して以来、2017年からは人権専任として取り組まれている中尾さん。これまでの「ビジネスと人権」に取り組む中で感じてきたことをお話いただきました。

 

なお、本インタビュー企画は、多様なステークホルダーの活動促進のきっかけ作りとして、各企業のビジネスと人権にかかる取り組みを紹介させて頂くものですが、インタビュー実施以上の事実調査は行っておらず、その取り組みの具体的内容すべてを当団体として保障・賛同するものではございません。

 

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ビジネスと人権に関する取り組みを始めたきっかけを教えてください。

きっかけはやはり指導原則です。国の集まりである国連の中で本来メンバーではない企業に対して人権に関する取り組みを求めるメッセージが出され、ビジネスサイドも受け止めてやっていかなくてはいけない時代が来るのだろうと感じました。

グローバル競争に人権の要素が入ってくることが予測されたので、2012年ごろ、まずグローバル企業がどのような動きをしているのか調べ始めました。

その取り組みを追い、競争力が低下しないように、彼らが何に、そしてどのレベルまで取り組まなければいけないのかに注視していかなければならないと思ったのがもともとの始まりです。



現在「ビジネスと人権」に関してどのような取り組みをされているのでしょうか。

4年前の事業全体の人権リスク評価に基づくタイのビジネスでの潜在的な人権リスクの評価に続き、ブラジルの人権リスク評価を始めていました。

しかしデスク上での事前調査を終え、現地調査に入ろうとしていたところ、コロナウイルスが蔓延し1年間は動けない状態が続いていました。

リモートに切り替えることとなり、昨年末に調査を行ないました。政府機関やNGO、企業、労働者、農場関係などサプライチェーンに関わる色々なステークホルダーの方々にリモートでのインタビュー調査を行ない、現在まとめを行なっています。*

また、近年急激に人権に関する環境が変わってきているので、4年前の調査からの変化を踏まえて事業全体のリスク評価の見直しも行なっています。

国ごとにリスクが高まったところと、改善されたところが明らかになったため、優先順位の付け直しも行い、来年度に向けた取り組みの計画に反映していこうと考えています。

また、具体的に色々なリスクが見えてきた時に、サプライチェーン管理をどのようにあるべき姿に持っていけるのかを考え、現場のレベルでのオペレーションやその管理体制についても取り組んでいます。

*2022年3月時点



企業の側から情報をキャッチしていくというのは大変だと思うのですが。

CSR部門の役割というのは、企業の社会・環境に対する「センサー機能」だと思っています。

世の中の変化や、企業に対して求められていることを早く掴み、それを社内に取り込んで各担当部門に伝え、対応を求めなければいけません。

例えば今調達部門に、サプライヤー管理をこのようにやってくださいと依頼するために、様々な外部の情報を集めています。国連、日本政府、他国、競合他社の動きに関する情報を収集し、自社の位置を明らかにして彼らを動かしたり、経営に対して人権の優先順位をあげてもらうというのがCSR部門の仕事だと思っています。



サプライヤーとのコミュニケーションに関してはどのような難しさがあるのでしょうか。

現在、調達部門が窓口となっていますが、その仕組みをどうするかも検討課題だと思います。

調達部門だけで取り組む場合、どうしても優先順位が下がってしまったり、専門的なアドバイスができなかったりします。また、価格の交渉をする調達部門の立場から人権問題に関する取り組みのお願いを言い出しにくいところもあり、十分な取り組みができなくなってしまう可能性もあります。

そのため調達先の社会監査は別部隊がやった方いいのではないか。あるいは社内の労働人権周りについて取り組む組織がサプライヤーに対するアドバイスもできるようなコミュニケーションを行なっていくべきではないかなど考えることもあります。

調達部門に全てを任せるのもなかなか難しいので、様々な企業のやり方なども参考にしながら検討しているところです。



他社やNGOに求めることは何でしょうか。

対社会の問題の場合には個別の企業での取り組みでは簡単に変わらないところがあると、タイの人権デュー・ディリジェンス(人権DD)をやってわかりました。

そういった際には様々なアクターが一緒になって取り組まなければ、根本的な改善につながりません。

タイの水産業や鶏肉産業の場合、輸出ができなくなれば自分たちのビジネスがなくなってしまうという危機意識から取り組みが進んだのは事実だと思います。更に、様々なプレイヤーが一緒になり、相互に自分たちのリソースを持ち寄りながら1+1が2にも3にも4にもなった形で大きな改善がなされたことも大きな要因だと思っています。

それを日本でもやりたいなと思い、いろんなところに働きかけてはいますが、なかなか理解は得られません。

直面するリスクのレベルが違いすぎるという点もありますし、担当者レベルでわかっていても担当者の社内での影響力によっては会社を動かすことが難しいということもあり、足並みが揃いません。誰かが引っ張っていくしかありませんが、人権はまだセンシティブでなるべく社内で波風立てたくないと思われているところもあるのではないかと思います。



人権に関する取り組みへのコミットメントが少ない状況を変えるためにはどこに働きかければ良いとお考えですか。

人権方針を作成してホームページで掲載するということは比較的取り組みやすいと思います。

しかし、人権DDはハードルが高く感じられているかもしれません。人権DDと監査の違いが十分に理解されておらず、説明をしても監査を受けるイメージと重なって抵抗感を持っている方もいるような気がしています。

また、人権に対して怖いイメージを持ってしまっている人もいると思います。それをどのように払拭するかは難しいところです。

しかし近年海外から人権に関する様々な情報が入り、メディアでも人権に関して取り上げられる機会が増えてきているので、転換点なのではないかと感じています。各省庁をはじめ日本政府も動き始めている様子があるので、この流れを上手に使っていくことが重要だと思います。



編集後記

企業における人権への取り組みに長く取り組まれてきた中尾様の話を通して感じたことは、「ビジネスと人権」について部門、組織を超えて多くの人が問題意識を共有することの大切さでした。そのために、人権について学び、様々な人や部門、組織の全てが繋がるような「仕掛けを作るように」少しずつ働きかけている様子を感じました。

 

一方で、「人権」に対するネガティブなイメージが根強く存在しているという課題もあると実感しました。それは人権に関する知識、理解不足からくるものでもあると思います。

 

個々人が人権に対する理解を深めるためにも、また人権に関する取り組みを進めるべく人々に働きかけるためにも、最新の情報を常に学び続けることが大切なのだと感じました。これはまさにインタビューの言葉の中にもあった「センサー機能」を持つということではないでしょうか。

今の世界の動き、隣の動き、それだけではなく人権についてなぜ取り組むのか、この世界の動きはどのような意味を持つのかなどを問い直すことが一人一人に求められているのではないかと思います。