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日本発の国際人権NGOヒューマンライツ・ナウが、人権に関する学べるコラムやイベントレポートを更新します!

【イベント報告】7/12開催ウェビナー「人権デューディリジェンス・欧州の動向を考える」

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ヒューマンライツ・ナウ(HRN)はビジネスと人権市民社会プラットフォーム、ビジネスと人権リソースセンターと共催で、2021年7月12日、オンラインウェビナー「
人権デューディリジェンス・欧州の動向を考えるを開催しました。

各国では、企業が人権尊重への責任を果たすために、人権デューディリジェンスの法制化が進んでいます。中でも、その動きは欧州で特に顕著です。現在は、EUレベルでの環境・人権デューディリジェンス法制について議論されており、先日は、ドイツでも法律が可決されました。

本ウェビナーでは、昨年10月に公表された日本の行動計画の概要、そして現在の日本企業の取り組みや、フランスとドイツの法制度と実務を学びつつ、日本においてビジネスと人権の取り組みをいかに進めていくか、企業、投資家、そして市民社会のマルチステークホルダーで議論が繰り広げられました。

 

開催に寄せて

経済産業省通商政策局通商戦略室長、ビジネスと人権政策調整室長を務める、門 寛子氏より開催の挨拶をいただきました。

国際社会の人権への高まりや、ビジネスと人権に関する法制化の流れから、経済産業省でもビジネスと人権に関する様々な取り組みを行っていると門氏は述べました。具体的には、企業へ特設ページを通してビジネスと人権に関する情報提供を行ったり、人権デューディリジェンスの具体的な実施方法や産業が関わる人権リスクについて産業の有識者との議論をまとめた報告書の発表を行ったりするといった、企業に対してビジネスと人権に関する行動計画を促す活動の紹介がありました。

今後も政府が「企業やNGOなどとの連携ができれば」と、ビジネスと人権の活動に積極的な姿勢を見せ挨拶を締めくくりました。

「NAP(行動計画)の概要と計画達成に向けた取り組みについて」

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BHR市民プラットフォーム代表幹事、JANIC事務局長を務める、若林 秀樹氏より行動計画の概要と計画達成のために必要とされる取り組みについてお話しいただきました。

ビジネスと人権に関する行動計画とは

2011年に国連人権理事会で全会一致で承認され、今年10周年を迎えた「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、指導原則)。この指導原則で求められていることを国別に具体的に示したのが、「ビジネスと人権に関する行動計画」(以下、行動計画)であり、現在では世界25か国で策定されています。若林氏による提言などを経て、行動計画が2020年10月に日本で策定されました。

計画達成のためにできること

若林氏は、行動計画の課題や政府への要請事項を挙げました。

まず、企業ができることとして、企業が影響を与えているサプライチェーン上の人々の実態がどうなっているのか、人権への負の影響特定とギャップ分析を行うことを求めました。しかし、政府から独立した国内人権機関が日本にはないのでできていないという現状もあるために、国内人権機関の設立も必要と主張しました。

また、政府に対しては、政府のリーダーシップで全ての省庁をとりまとめて、政府内でビジネスと人権の浸透や理解に取り組むことを求めました。そして、一部の大企業だけでなく中小企業にもビジネスと人権について周知、啓発を行い、フォローアップを行うことが必要と述べました。

行動計画が策定されたからビジネスと人権に関する取り組みが十分というわけではなく、むしろビジネスと人権への取り組みのスタートであり、計画をどう実施していくのかを考える必要であるという力強いメッセージをいただきました。

日本での人権デューディリジェンス法の法令化のメリット

「人権デューディリジェンス」(以下、人権DD)とは、積極的な事前予防と対処を含む継続的なプロセスであり、指導原則でも求められているものです。人権DDの法制化には、市民社会、政府、企業、投資家など全てのステークホルダーにとってメリットであると若林氏は言います。例えば、企業にとってのメリットとしては、人権への取り組みを行うことでインセンティブが与えられるようになったり、人権への取り組みが各企業で行われることで、レベル・プレイング・フィールド(競争条件を同じにする)が保たれ、より公平に企業活動を行うことができたりします。また、投資家にとっても、透明性が提供されることで長期的な投資が行いやすいことを挙げました。逆に、海外での法制化が進む中で、日本にないことがハンディキャップになりかねないと若林氏は主張しました。

「日本企業における『ビジネスと人権』への取り組みの進展と課題」

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損保ジャパン サステナビリティ推進部 シニア アドバイザー、明治大学経営学部特任教授である、関 正雄氏からは、企業の目線からビジネスと人権に関する取り組みについてお話しいただきました。

経団連の取り組み

経団連では、ビジネスと人権の国際規範をもとに、「人権を尊重する経営」が「企業行動憲章」(経団連の会員企業に対して経団連が遵守を求める行動原則)の改訂で取り入れられるなど、持続可能な社会の実現のための様々な取り組みが行われています。中でも、バリューチェーン全ての人の人権を尊重した経営を行うことや、経営トップの実行の手びきとして、社内、グループ会社に人権尊重を働きかけることを各企業に求めています。

企業の人権への取り組み状況

経団連が企業へ行った、人権への取り組みアンケートの調査結果により、企業が行う取り組みや直面する問題について伺うことができました。

まず、人権方針の策定状況については、すでに策定しているといった回答は4分の3ほどであることが明らかになりました。しかし、具体的な人権尊重のための仕組みの導入状況について見てみると、負の影響の評価、評価結果の活用、追跡・評価、公表・報告に伸び悩みがあることが見受けられました。

そして、指導原則に関する取り組み状況では、取り組みを進めている企業と、理解しているがまだ落とし込めていない企業が3分の1ずつ占めていることが明らかになりました。こういった、指導原則で求められている人権DDの取り組みには、企業同士の連携が大切であると関氏は主張しました。例えば、プラットフォームの設立や自社で行わずに外部のコンサル・専門家からの評価を利用することを挙げました。

一方で、人権問題は、一社、または企業だけでは解決できない複雑な問題であることや、サプライチェーン構造が複雑・膨大であり、人権リスクの範囲の特定が難しいことがあるといった、人権への取り組みを企業が行う中での課題も見受けられました。そこで、政府や公的機関に対し、自主的な取り組みのためのガイドラインの設立することやポータルサイトを通した海外での人権リスクに関する情報提供を求めていることが明らかになりました。

また、社内で人権問題の重要性が理解されないことや、サプライチェーン上の取引先企業に人権DDを促しにくいといった現状があることから、人権DDが法制化されたほうが、手っ取り早く人権リスクに対応できるといった声が企業からもあると関氏は言います。

パネルディスカッション

パネルディスカッションでは、HRN事務局次長、ビジネスと人権リソースセンター日本リサーチャー・代表の佐藤 暁子氏がモデレーターを務め、様々なステークホルダーの視点から、人権DDの法制化のためにできることについて議論を深めました。

ドイツの人権DD法制化の例:Robert Grabosch氏

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ドイツの法律事務所Schweizer Legalの弁護士である、Robert Grabosch氏より、ドイツで2021年6月に制定された「サプライチェーンデューディリジェンス法」についての解説をしていただきました。

ドイツの「サプライチェーンデューディリジェンス法」とは

今年ドイツで制定された「サプライチェーンデューディリジェンス法」(以下、DD法)は、他国のDD法と比べて規模が大きく、法の実効性が強いと言われています。

この法律の制定により、2023年1月からドイツ国内に3000人以上の従業員がいる企業で人権DDを行うように義務付けられました。また、企業の適用範囲は更に拡大し、2024年からは1000人以上の従業員がいる企業でも人権DDが求められます。

人権リスクには、国際社会で認知されている児童労働や強制労働、賃金平等など12の定義があり、人権リスクに加えて3つの環境リスクも回避するように法で求められています。

ドイツDD法は企業に何を求めているか

ドイツのDD法では、指導原則に基づく人権DDの方法を定めており、企業が実施する際、企業が関係する工場や販売店などから、直接または間接的に繋がりがあるサプライヤーや子会社から人権や環境リスクがないかどうか確認しなければならないとされています。リスクと見なされる事項や、将来リスクに繋がる可能性のあるものが特定されたら、直ちに人権や環境への是正措置を企業は行わないといけないと定められています。

また、バリューチェーンの透明性を明らかにするために、ドイツ政府の連邦経済・輸出管理庁が人権DDに関する管理を行います。例えば、企業が人権DDを行った際に作成する報告書の調査をしたり、人権DDを行わなかった際の罰金を科したり、ガイダンスの作成などを行うことになります。そして、NGO労働組合などの市民社会が、企業に対して人権に関する裁判を起こすことも救済の権利として保障されました。これらの企業への働きかけで、SDGsの各ゴールの達成にも近づけるとGrabosch氏は言います。

また、この法律は、ドイツ企業のサプライヤーになっている日本企業にも適用される法律であるため、日本企業にも苦情処理カニズムを構築するなどの人権への取り組みGrabosch氏は呼びかけました。

フランスの人権DD法制化の例:Lucie Chatelain氏(フランス)

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Sherpaという、フランスのビジネスと人権に関するNGOAdvocacy and Litigation Officerを務める、Lucie Chatelain氏より、フランスの「人権デューディリジェンス法」についてのお話をいただきました。

フランスの「人権デューディリジェンス法」とは

フランスのDD法は2017年に制定され、フランス国内に5000人以上の従業員がいる企業、世界に10000人以上の従業員がいる企業で人権DDを行うように義務付けています。

フランスのDD法の特徴には、司法の仕組みが深く関係しており、裁判上の差し止め(裁判上の命令、定期的な罰金の支払いなど)や民事責任が企業に関係しているとChatelain氏は述べました。

フランスのDD法の問題点

2018年からフランス企業が人権DDの取り組みに関する情報を公表しているが、情報は未だ限られていることや、今年は44社の企業が情報を公開していないことが明らかになりました。また、フランスの行動計画の中身の情報は限定的で、既存の原則をリスト化しただけであると指摘されました。ステークホルダーも限定的であり、企業も人権DDを単なるコンプライアンスと混同してしまっていることを問題点として挙げました。

企業は法的責任として人権への取り組みが必要

フランスでは、サプライチェーン上の先住民の権利などを求める人権に関する裁判や、石油探査や気候変動、森林伐採などの環境問題に関する裁判が最近では起こっています。人権や環境への責任に関して、企業の理解は限定的な一方、市民社会は広い解釈を求めているように、違いがあることをChatelain氏は明らかにしました。

また、Chatelain氏は、企業の人権や環境への責任は、人権DDの義務よりも、更に厳しい注意義務(怠ると不法行為の過失となる)として責任体制を定義するべきであると主張しました。そのために、特定の証拠へのアクセス、知る権利のアクセス、刑事責任の導入の重要性を述べられました。

NGOの視点より:岩附 由香氏

BHR市民プラットフォーム副代表幹事、認定NPO法人ACE代表である岩附 由香氏からは、児童労働の撲滅のために企業ができることについてお話しいただきました。

2020年のILOの調査によると、1億6000万人の子どもたちが児童労働をさせられているといいます。児童労働の撲滅のために、これまでACEが行ってきたガーナ政府や民間企業との連携の例を挙げ、NGOと政府や企業との連携の大切さについて岩附氏は示しました。また、先進国政府の取り組みとして、日本での人権DD法の制定が児童労働を撤廃するためにも効果的であるということや、NGOと企業、認証機関が共同声明を発表したことでEUでのデューディリジェンス義務化に繋がった例などをあげ、人権DD法制化のためにできることを訴えました。

投資家の視点より:松原 稔氏

りそなアセットマネジメント株式会社執行役員責任投資部長を務める、松原 稔氏からは、投資家からの視点で人権DDの重要性についてお話をいただきました。

世界的な投資家の動きを見ると、気候変動と人権はPRIの年次総会でも取り上げられるほど、注目されています。また、日本の投資家にとっても、人権は気候変動、コロナの次に関心が高い問題であり、特にグローバル展開をしている企業や、サプライヤーが海外にある場合、人権DDは必要と投資家も理解していると述べました。

投資家の中には、ILOと協力してグリーバンス・メカニズムの構想などの検討を進めるなどの活動を行っているところもあるように、企業と投資家とのコラボレーションが必要だと示しました。

企業の視点より:関 正雄氏

日本企業の場合、未だに人権意識が低いと言われており、人権への取り組みは、法制化されようがされないが、企業は取り組まないといけない問題であるという認識があまりないと関氏は言います。企業の問題点として、NGOとの対話がまだまだできていないことを挙げ、また人権への取り組みを行う努力をしているかどうかを評価する構造も必要だと述べました。

法整備のためには、対話が必要!Chatelain氏・岩附氏・松原氏・関氏

Chatelain氏は、フランスでの人権DDは、DD法で定められている最低限の義務であると述べました。一方で、ステークホルダーとの対話は義務になっていないために、NGOと企業との対話が進められているわけではないそうですが、対話が重要だと訴えました。

岩附氏は、企業との協力事例がこれまでにもあるように、NGOからもっと人権課題を企業に呼びかけることができると述べました。一方で、企業はNGOから糾弾されるのではないかと恐れるのではなく、NGOと企業の連携ができ始めている日本でも、対話の量を増やしていき、人間関係を築いていくことを求めました。

また、投資家は企業にとって怖い存在と見られることがあるが、企業は投資家との対話を行うことが重要だと松原氏は言います。投資家の中には、短期的利益を求める投資家と長期的利益を求める投資家がいるが、企業の持続的成長に導くためには長期的投資家の見極めが企業には必要であると述べられました。企業が考える人権の位置付けを、対話を通して投資家は聞きたがっていると松原氏は主張しました。

そして、関氏は海外での企業とNGOの対話の例を出され、企業とNGOが日常的な接点をもつことが大切ということをお話しされました。海外では、週に一度のペースで特定の相談事の有無にかかわらず顔を合わせるといった対話のベースを持っている企業があるように、企業がいろんなステークホルダーとの連携で意見を取り入れることが重要だと示しました。

日本で深めるべき議論:Chatelain氏

フランスのDD法は、政府がイニシアティブではなく、司法の面から扱われることが多いことから、日本の企業、市民社会へ向けたアドバイスとして、人権侵害や気候変動の被害者や司法アクセスを守る議論を日本で深めるべきと述べました。

パネルディスカッションまとめ:岩附氏

最後に、岩附氏より、法制化に向けできることとして、指導原則にもあるように政府や企業がどのように人権を尊重するのかを明確に示す必要があることを訴えました。そのためには法律を作ることが必要であり、それは政府にしかできないことであると、人権DDの法制化を政府に対し強く求めました。そして最後に、法制化がされれば、現在世界第2位の現代奴隷の消費国である日本の影響力で世界をより良く変えることができると前向きなメッセージをいただきました。

閉会挨拶

ビジネスと人権市民社会プラットフォーム副代表幹事を務める、梁井 裕子氏より、閉会挨拶をしていただきました。

ビジネスと人権市民社会プラットフォームは、日本の行動計画に市民社会の立場からエンゲージしていくことを目指し、多様なステークホルダーとの対話の連携や社会に置けるビジネスと人権の理解の促進を行っている団体であると活動の紹介がありました。

これからもステークホルダーで議論を深める機会を設け、ビジネスと人権の課題の解決や持続可能な社会を目指していきたいと、本ウェビナーを締めくくりました。

おわりに

私たちヒューマンライツ・ナウは、引き続きビジネスと人権に関するイベントの開催、調査報告や政策提言を続けてまいります。
ぜひこれからもご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

また、ビジネスと人権の基本情報について企業向けに解説を行っている動画をYouTubeでも公開しておりますので、是非合わせてご覧ください。


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(文・豊吉里菜)