HRN通信 ~「今」知りたい、私たちの人権問題~

日本発の国際人権NGOヒューマンライツ・ナウが、人権に関する学べるコラムやイベントレポートを更新します!

【イベント報告】9/16開催ウェビナー「メガスポーツイベントにおけるビジネスと人権」

ヒューマンライツ・ナウ(HRN)は9月16日(木) 17時より、ビジネスと人権ダイアローグ第2弾「メガスポーツイベントにおけるビジネスと人権」を開催致しました。

 

当イベントでは、国際人権NGO ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表の土井香苗氏、ロイドレジスタージャパン株式会社代表取締役冨田秀実氏をゲストスピーカーとしてお迎えし、ビジネスと人権の観点から、東京2020大会をはじめとするメガスポーツイベントに関わるサプライヤーの人権について問いました。

 

開会の挨拶•ビジネスと人権についての動画 

まず、HRNの小園が開会の挨拶を致しました。次に、ビジネスと人権とは何かについての解説動画を放映しました。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。

 

yout.be

土井 香苗氏「メガスポーツイベント(MSE)と人権」

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続いて、ゲストスピーカーの土井香苗氏に「メガスポーツイベント(MSE)と人権」というテーマでお話いただきました。

人権の観点からみた東京2020大会の重要さ

昨今の状況、メガスポーツイベント(以下、MSE)も、ビジネスの一環として扱われているという前提を話されたのち、過去の五輪開催と、開催に際して問題となった数々の人権侵害の紹介をされました。

 

例えば、2008年北京五輪では、インターネットへのアクセス制限と検閲、建設業の出稼ぎ労働者への人権侵害、強制立ち退き、市民活動家の発言封じが問題になりました。同様に、2014年ソチ五輪では、出稼ぎ労働者の搾取・差別の助長、市民活動家への弾圧、報道の自由の侵害が問題になりました。

 

このような過去の事例から、主要な人権侵害は以下の5形態でが行われることがわかると解説されました。

 

1:適正な手続きや補償のない強制立ち退き

2:出稼ぎ労働者への人権侵害•搾取

3:市民活動家や独立団体の発言封殺•活動の場の閉鎖

4:メディアへの規制やジャーナリストに対する脅迫や投獄

5:制度的差別

 

続いて、MSEが人権侵害を引き起こす一方、人権状態の改善を促す力にもなることを強調されました。過去の事例としては以下の内容を紹介されました。

 

国際オリンピック委員会はスポーツ界から差別の撲滅を目指してきたことから、アパルトヘイト時代に白人のみの選手団を派遣してきた南アフリカ共和国の出場を禁止した事例、タリバン政権下で女性への差別を行っていたアフガニスタンの選手団の出場を禁止したという事例です。

 

また、上であげたような北京五輪ソチ五輪に関する人権侵害批判を受け、2017年1月に国際オリンピック委員会は、開催都市契約の改訂をおこなったと強調されました。

 

この改訂開催都市契約では、国際オリンピック委員会が初めて、国連「ビジネスと人権の指導原則」について言及しました。この改訂版は2024年のパリ五輪より適用されます。ゆえに、東京2020大会では国連「ビジネスと人権の指導原則」に則っての運営は任意だったのですが、東京2020大会は自ら「ビジネスと人権の指導原則」に則って運営すると宣言したことを伝えられました。

 

よって、東京2020大会は国連「ビジネスと人権の指導原則」に則った初めての五輪だったと言えます。この意味では東京2020大会は重要な大会であり、東京五輪は人権を促進する機会になったのか、どの程度「ビジネスと人権の指導原則」に則って運営できたのかを、大会が終了した今のタイミングで振り返るべきであると土井氏は強調されました。

東京2020大会の振り返り

次に、東京2020大会が人権の概念を促進する機会になったかを検証するため、土井氏は2つのムーブメントを紹介されました。いずれのムーブメントも、世間からの注目が高まる五輪という機会を利用しようと高まった動きだったと言えます。

 

1つ目は、「#EqualityActJapan 日本にもLGBT平等法を」キャンペーンです。このキャンペーンは成功したのではないかと解説されました。根拠として、LGBTQの人を保護する企業の量的な増加、また議会や党首討論の場に議題として上がったことを挙げられました。

 

しかし同時に、このケースは五輪の影響力の限界も示したといいます。というのも、このムーブメントからはLGBTQ差別禁止法が日本では実現ならなかったからです。

これに対して土井氏は、東京2020大会が契機となり盛り上がったムーブメントこそが、小さなステップだったと後に振り返った時に言えるようにするために、今が頑張るときだとおっしゃられました。

 

2つ目に紹介されたムーブメントは、「スポーツに関わる子供、大人に対する体罰反対のムーブメントです。特に、日本におけるスポーツに関わる暴力、体罰の問題は注目がされており、IOC(International Olympic Committee)バッハ会長とJOC(Japanese Olympic Commitee)の山下会長が電話会談でこの問題について話し合うほどにまで注目されていると付け加えられました。

 

この「スポーツに関わる子供、大人に対する体罰反対キャンペーンは、現在も継続して行われているキャンペーンです。具体的には、スポーツの中での体罰について専門的に相談が可能な独立専門機関の設立を提起していると述べられました。

 

2つのムーブメントを紹介されのち、東京2020大会は「ビジネスと人権の指導原則」に則って人権侵害の予防を目指す動きと並行して、人権の改善を目指すムーブメントの契機にもなったと締めくくられました。

 

冨田秀実氏「Tokyo 2020 持続可能な調達コード」

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続いて、ゲストスピーカーの冨田秀実氏「Tokyo 2020 持続可能な調達コード」

というテーマで、東京2020大会の準備段階における調達、サプライチェーンの裏側に関連する人権問題についてお話いただきました。

 

東京2020大会とサプライチェーン上の問題

まず初めに、五輪のようなMSEでは、サプライチェーン上の労働者の人権問題に対する注目が高まることを、過去の事例をあげて説明されました。例としては、1997年に起きたナイキ社の商品に対する不買運動、そしてその後の2000年のアテネ五輪での、スポーツ用品会社のサプライヤーの人権問題へ取り組みに関する市民社会からの気運を挙げられました。

 

1997年のナイキ社の商品に対する不買運動は、おしゃれなスポーツブランドの裏側、つまりサプライチェーン上にいる労働者の人権問題が初めて注目されたきっかけといえます。この不買運動は、ナイキ社の委託先の東南アジアの工場で、児童労働や劣悪な労働環境下での長時間労働がされている事実を、メディアが報道したことで引き起こされました。

 

この潮流の中、2000年アテネ五輪でも同様に、スポーツ用品の会社に対してサプライヤーの人権問題に取り組むよう市民社会は声を上げました。というのも、五輪のようなMSEでは、特にナイキ社のようなスポーツ用品の会社がスポンサーシップやマーケティングを通して儲ける動きになっており、世間から注目されるきっかけになるからです。

 

東京2020大会に関しても、メディアによる人権問題への指摘が実際にあったことに言及されました。具体的には、新国立競技場の工事現場で管理業務に当たっていた社員の過労自殺の件、また新国立競技場設立の際に、コンクリートの型枠の木材にマレーシアから輸入された熱帯雨林の木が使われていた件を挙げられました。熱帯雨林をもとに生活している原住民の人権侵害に関わるのではないかといった指摘があったとのことです。

 

次に冨田さんはサプライヤーの構造を紹介しつつ、ブランド企業自らが人権侵害をしていなくとも、サプライヤーが起こした人権侵害にブランド企業は一定の責任があることを説明されました。そして、MSEの開催者も企業と同様に、サプライヤー下部の人権問題に関して責任を引き受ける構造になっていると説明されました。

東京2020大会における具体的な施策と課題

東京2020大会においては、組織委員会が大会運営に際して調達するモノやサービスのサプライチェーンにおいて、持続可能性、かつ人権侵害がないことを担保するため、持続可能な調達ワーキンググループを設置していたことを紹介されました。また、土井氏、冨田氏ともに、ワーキンググループメンバーの一員だったことを付け加えられました。

次に、そのワーキンググループが設定していた「持続可能性に配慮した調達コード」がどのようなものであったのかを紹介されました。4つの上位概念となる原則は以下の通りです。

 

1)どのように供給されているのかを重視する

2)どこから採り、何を使って作られているのかを重視する

3)サプライチェーンへの働きかけを重視する

4)資源の有効活用を重視する

 

この原則を踏まえて、より具体的な調達コードが作られていました。この具体的な調達コードはサプライヤーに対し遵守を要求しています。共通事項の項目の例として以下を紹介されました。

 

人権に関係する項目ー 国際的人権基準の遵守、尊重、差別•ハラスメントの禁止、地域住民などの権利侵害禁止、女性•障がい者•子供•社会的少数者(マイノリティ)の権利尊重

 

労働に関係する項目ー 国際的労働基準の遵守•尊重、結社の自由、団体交渉権、強制労働、児童労働の禁止、雇用及び職業のおける差別の禁止、賃金、長時間労働の禁止、職場の安全•衛生、外国人労働者、移民労働者の権利

 

最後に、冨田さんはMSEの調達における課題を共有されました。一般企業における持続可能性に配慮した調達と比較して、MSEにおける調達ならではの難しさがあったそうです。課題は大きく以下の3点に分類されたとのことです。

 

1つ目:関係者が非常に多く、調達者が多岐に渡るため、全体をカバーすることが難しかった。

2つ目:多様な調達品目があり、どこに人権リスクが潜んでいるかを探るのが難しかった。

3つ目:一過性のイベントであったため、定常的な運用が不可能であった。また時間的な制約が多かったため、業務が集中し、在庫のコントロールが難しかった。

 

パネルディスカッション・Q&A 

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パネルディスカッション様子



イベントの後半には土井氏と冨田氏とHRNビジネスと人権プロジェクトスタッフの小園でパネルディスカッション・Q&Aを行いました。

 

まず、冨田氏がお話された調達コードについて、土井氏から不服の申立ての制度がほとんど機能しておらず、アクセシビリティが低かったのではないかという指摘がありました。調達コードの存在をさらにオープンにし、グリーバンスメカニズムがきちんと働くようにすることができていれば、東京2020大会が人権問題に取り組めた大会だったと言えたのではないかと指摘されました。

 

次に、人権問題への取り組みに関して、東京2020大会で目に見える形で達成できたものがなかった理由を議論しました。土井氏は、LGBT平等に関する法律や制度を作るといったような、具体的な達成事項がなかった理由として、日本政府の受け止める意思がなかったことを指摘されました。

 

一方で、ポジティブな意見として、日本社会の基準を国際基準に近づけると言う小さな変化を東京2020大会開催を通じて経験できたことを提起されました。例として、組織委員会の森会長の発言による辞任や、ミュージシャンの小山田圭吾さんの辞任を挙げられました。

 

また、冨田氏もポジティブな意見として、東京2020大会で作成された「持続可能な調達コード」を例にあげ、調達コードが形として作られたと言うだけでも、今の日本の現状からすると先進的な取り組みであり、シンボリックなものとして機能したのではないかと述べられました。

 

一方、冨田氏からネガティブな意見として、持続可能な調達コードに関して、理論的な枠組みは理解されていたかもしれないが、実践にまで落とし込めなかったことを指摘されました。例えば、ミュージシャンの小山田圭吾さん辞任に関して、彼の問題となった発言は、いわば業務委託先の労働者が起こした人権問題であるといえます。この意味で、この辞任は、理論的に正しいことをサプライヤーの細部まで実践に落とし込むことの難しさを示したとのことです。今後、東京2020大会の失敗を糧に、再発防止に取り組む必要があることを主張されました。

 

続いて、東京2020大会は、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」に則った初めての五輪でした。このことで、何かポジティブな動きがあったのかについて議論しました。

 

冨田氏は、一部の基準、特に農業や漁業に関わる基準が国内に広く認識されるきっかけになったのではないかと意見されました。

 

一方、土井氏はポジティブな面とは言い切れない課題として、日本の政府レベルでの人権に関する理解力の低さを危惧されました。この低さは国連「ビジネスと人権に関する指導原則」に則った五輪の運営、準備段階で浮き彫りになったと指摘され、今後も努力をしていくべきだとしました。

 

最後に、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」が改訂により、五輪開催都市契約そのものに組み込まれることについて議論しました。

 

土井氏は、人権の尊重が中核的な問題として業務に組み込まれることになるので、MSEにおける人権問題への取り組みに対して、大きな変化をもたらすのではと期待感を表されました。

 

閉会の挨拶

閉会の挨拶で佐藤暁事務局次長は、東京2020大会のメディア報道に関して、メダルの数ばかりが注目され、大会を作り上げている一人一人の人権に関する報道が少なかったことが残念だったと述べました。そんな中、NGOに期待されていることは、東京2020大会の人権への取り組みに関する反省を今のタイミングで行い、次のステップに向けてその反省を活用する動きをとることだと締め括りました。

 

おわりに

このイベントはビジネスと人権ダイアローグの第2弾となりました。ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。

 

私たちヒューマンライツ・ナウは、引き続きビジネスと人権に関するダイアローグの開催、調査報告や政策提言を続けてまいります。

 

次回のダイアローグもご興味がありましたら、ぜひご参加ください。
そして、ぜひこれからもご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

 

(文責:羽星有紗